1456回目②
グール、それは単体ではかなり弱い部類の魔物だ。スケルトンと同じくアンデットだが、スケルトンとは違いまだ腐りかけの肉が付いている状態だ。肉は付いているのになぜかスケルトンよりも動きは遅い。ただやっかいなのは噛まれると毒に犯されるというところだ。とは言えこの時点での俺でも注意すれば楽勝で倒す事が出来る魔物だが、この群れは違う。そう、群れなのだ。そしてその群れにはそれを率いるハイグールがいる。いかに鈍足なグールといえど、統率された動きはとても脅威だ。
しかし倒し方は理解している。むしろあっという間だ。グールたちが俺に気が付きズルズルと足を引きずりながら襲いかかってくる、だが遅い。
俺は向かってくるグールには目もくれず崩れかけた遺跡によじ登る。そして少し高い位置からハイグールの位置を確認する。
見つけた。
他のグールよりも一回り大きな体で肉付きもいい。でもその内に肉も腐り落ちてしまうんだろうか?まあそんな事はどうでもいい。俺は遺物から槍を取り出し『雑木の堅木』を混合、ハイグール目掛けて【ウィンドスロー】のスキルで槍を放つ。風を纏った槍は真っ直ぐに飛んで行きハイグールの首から上を吹き飛ばした。まぁ所詮グール、この威力なら一撃だろう。
ハイグールが何をどうやって他のグールの指揮を取っていたのかは分からないが、頭が吹き飛んだ時点で周りのグールの動きが変わった。彷徨うようにウロウロしだし、固まっていた群れも方々に散り始めた。こうなれば後は簡単。俺は剣を抜き進行方向にいるグールの頭を叩き割りながらハイグールの死体へ向かって走った。いやもともと死体か?とにかくハイグールの死体まで近づくと溢れたマガが俺に向かって飛んできて体に染み込むように取り込まれた。
『スキル:鑑定眼を取得しました』
『スキル:毒耐性を取得しました』
マガを吸収すると同時にフィリウスがスキル取得を告げる。必要だったのは【鑑定眼】のスキル。これはかなり有用なスキルでこの先絶対に必要になってくるスキルだ。【毒耐性】はオマケだな。これさえ手に入ればグールに用は無い。徘徊している最中に俺に気が付き襲ってきたグールだけを倒し早々にこの場を走り去る。しかしこの先にも統率者を失ったグールの群れがいるがそれは問題無い。今大事なのはあの位置で待機し、確実にあそこへ槍を放つ事だ。
少し走ると雨が降り出して来る。いつもの同じタイミングだ。そしてここ、この位置。ちょっとした小屋の様になっている遺跡やその柱の残骸などがあるこの位置。そして向くのはあちら、記念碑の様な四角錐の遺跡の石柱。そこを見据えながら遺物から槍を取り出す。次に混合するのはこれ、エレキリザードのマガカ、『蓄電袋』だ。
よし、準備は出来た。俺は全体に電気を帯びパリパリと音をならす槍を構える。【雷耐性】が無かったら持つのも厳しい。目の前には統率者を失ったグールが徘徊している。その内の数体が俺に気が付き襲いかかろうと遅い歩みで迫ってくる。だか問題無い。今はあいつらに構っている時じゃない。俺はグールを無視して槍を構える。
もうそろそろだな。
予定通りの時間、記念碑の様な遺跡に落雷が落ちる。激しい音と光とともに記念碑は砕け一部が崩れ落ちた。
まだだ。
【ウィンドスロー】を発動、槍を構え狙いを定める。狙うは落雷のあった遺跡の上部、そのやや左の空間。
来る。
俺はドンピシャのタイミングで槍を放つ。向かう先は何も無い空間。しかし槍を放った一瞬後に遺跡の影から大きな魔物の頭がひょこっと現れた。
それはサイクロプスの頭、槍が向かう先はサイクロプスの一つ目。槍は吸い込まれる様にサイクロプスの目に突き刺さり、【混合】した蓄電袋の電撃が弾ける。弾けた電撃は一気にサイクロプスの脳を駆け巡りその命を奪った。
サイクロプスはランクシルバーの魔物だ。この時点でのランクシアンの俺では到底歯も立たない様な魔物だが、その弱点が無防備な状態で、いつ、どこに現れるかが正確に分かれば一撃で葬る事も可能だ。ただこの確実に倒せる方法にたどり着くまでに50回は死んだのだが。
低い地響きとともに断末魔の叫びを上げる事無くサイクロプスは仰向けに倒れて絶命した。その振動でよろめく足元がおぼつかないグール達。それを後目に俺はサイクロプスに駆け寄る。近づくとすぐにサイクロプスからランクの高いマガが溢れ出し俺へと吸収される。分不相応のマガを吸収し俺のランクも一気に上がる。どれだけランクが上がったかは後で確認する事にする。
『スキル:地震撃を入手しました』
このスキルだ。前回やっとサイクロプスを倒した時は迂闊にもグールに囲まれて食いちぎられた。だがこのスキルとサイクロプスの持っていた武器で切り抜けてやる。サイクロプスの死体にたどり着くとすぐに【解体術】を発動。『サイクロプスの上腕骨』というマガカを回収。そしてこれだ、このバカでかい棍棒だ。こんな物この時点の俺に持ち上げる事すら出来ない。じゃあどうするか?俺は遺物を開き持ち上げる事すら出来ない棍棒を遺物の中へ回収する。吸い込まれる様に、その体積や重量を全て無視して遺物の中へ収納される。遺物の中に入るとその重さは消えて無くなる。なんだこの遺物は、と思いたくなるがその恩恵を受けなければすぐに死んでしまう俺には何も言えた事では無いが。
そして俺は斜めに突き刺さっている遺跡の柱を駆け上がり、その最上部から飛び降りる。その先はグールの群れのど真ん中。前回俺が食いちぎられて死んだ場所だ。
重力に引き寄せられながら遺物からサイクロプスの棍棒を取り出す。入れる時同様、世の中の理を無視して大質量の棍棒がにゅるりと出てくる。その持ち手を両手で抱えしがみつく。棍棒が全て遺物から吐き出された瞬間、グンと棍棒に質量が戻って来る。棍棒を抱えたまま地面へと落下して行く。そして地面へ棍棒が着地する直前に【地震撃】を発動。【地震撃】は持っている武器で地面を殴るとその威力に応じて範囲内の地面に接している物に衝撃波でダメージを与えるスキル。両手でしがみついているだけでも『武器を持っている』判定になっているらしので問題無くスキルは発動する。加えてこの棍棒のデタラメな重量を地面に叩きつけるので威力も申し分無いはずだ。
轟音とともに大質量の棍棒が地面に叩きつけられ、その威力がそのまま【地震撃】の威力となり、周囲にいた全てのグールに相当なダメージが入った。おそらくグールを倒してもなお相当なお釣りが来るだけの威力でこの辺一帯を攻撃したのでそこかしこで遺跡が崩れ落ちる。まぁ知った事では無いのだけれども。そして土埃が舞い視界がほぼ無くなった中、大量のグールから溢れ出たマガが俺へと飛んで来ていた。
狙った通りと言えばそうなのだが、予想以上の破壊力だな。俺は無人となった辺りを見回しながら棍棒を遺物へとしまう。
「よし……やっとだ。これであの丘を越えて遺跡から出る事が出来る」
思わず独り言が出た。そして一気に丘を駆け上がる。くそったれが、いつも歩いていた、たったこれだけの距離を超えるのに何回死んだ事か。
丘を駆け上がった俺は何を期待していたのか。
生存者がいて戦っている事か?
魔物が1匹もいなく村の出口まで無人の村を歩ける事か?
それとも実はこんな馬鹿げた事が全て夢でした、と目が覚める事か?
そのどれでも無い、クソみたいな現実が目の前にあった。そこから見渡せる村はおびただしい数の魔物で埋め尽くされていた。
何を期待していたんだ?当然だろう。バカバカしい。そんな愚かな自分を殺したくなる。殺したところでまた17時20分に戻るだけなのだが。