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43.妙薬を求めて

 その日、アンドレは『魔女の妙薬』を求めて、再び(くだん)の雑貨店を訪れていた。


「こんにちは。今日は魔女の妙薬、売っていますか?」


 アンドレが微笑みを浮かべて尋ねると、魔女の風貌の老婆はこっくりと首をかしげた。


「お兄さん……以前もここに来たかい?」

「2週間くらい前にお邪魔しました。魔女の妙薬を1瓶買ったんです。初めての購入だから使い方がわからなくて、色々と教えていただきました」


 老婆は少し考えてから言った。

 

「ああ……思い出した。『男が飲んだらどうなる』と尋ねた男前のお兄さんだね。ずいぶんと早いお戻りだね。あのとき買った薬はどうしたんだい?」

「知人の女性にあげました。綺麗になりたいと言うから」

「ほう。その女性は美しくなれたかい?」


 アンドレは一瞬言葉を詰まらせ、それから慎重に返事をした。


「……とても美しくなっていました。まるで別人みたいに」


 老婆は「ひひ」と笑い声を立てた。


「そうかい、そりゃ良かった。それで今日は、またその女性にプレゼントするための薬が欲しいのかい?」

「プレゼント……というよりは、次の1瓶を買ってきて欲しいと頼まれたんです。その女性はあまり頻繁に繁華街には立ち入らないから」


 平静を装いながらも、アンドレの心臓はどきどきと鳴りっぱなしだ。美しいものを目の前にしたときの胸の高鳴りとは違う、ただ寿命を縮めるだけの嫌な鼓動だ。


 無論、アンドレはドリーに頼まれてこの店を訪れたのではない。魔女の妙薬のサンプルが欲しいだけだ。ドリーに薬の服用を止めさせるためには、薬のことを調べることが一番手っ取り早いと思ったから。


 アンドレは期待を込めて老婆を見つめるけれど、老婆はゆっくりと首を横に振った。


「残念だが、今は在庫がない」


 アンドレはなおも食い下がった。

 

「では近々、入荷の予定はありませんか?」

「入荷は不定期だ。いつ入るとも、いくつ入るとも約束できない。以前そう言わなかったか?」

「確かに、そう聞きました」


 老婆に念押しされて、アンドレはがっくりと溜息を吐いた。

 

 令嬢らの間でまことしやかな噂がささやかれるくらいなのだから、この繁華街にも魔女の妙薬を売る店はいくつか存在するのだろう。

 しかしどの店で売っているかなど見当もつかないし、その店を訪れたところで運よく在庫があるとも限らない。


 さぁどうしようかと思い悩むアンドレに、老婆は低い声で話しかけた。


「しかし、だ。別の場所で薬を買う方法を教えることはできる」

「え?」

「ハート商会に入会するといい。そうすればいつでも好きなときに、好きな薬を買うことができる。それも割安価格でね」

「……ハート商会?」


 アンドレが尋ね返すと、老婆は含み笑いを零しながら丁寧に説明した。

 

「繁華街の北端から徒歩で15分ほどのところにハート商会の事務所がある。綺麗なレンガ造りの建物だから、近くまで行けばすぐにわかる。その建物でハート商会への入会手続きをすれば、あんたの望む物はすぐに手に入るだろう」


 老婆は黒い衣服にあごをうずめて「ひっひっひ」と怪しく笑った。魔女さながらの容貌に加え、魔女さながらの笑い方である。


 しかし今のアンドレにとっては、老婆の不気味さなど些細なことだ。

 ハート商会、その名称が頭の中で反芻される。ここ2週間ほどの間に、アンドレはその家名を飽きるほどに聞いた。


「ハート商会……ハート家?」


 結婚候補者の1人、シャルロット・ハートの名前とともに。

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