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31.ナイショの話

 アンは無我夢中でレオナルドを引き留め、グレンの私室へと引っ張り込んだ。そして痴女の汚名を返納するために、泣く泣くことの次第を説明する羽目となったのである。


 アンがグレンと同じ変貌魔法の使い手であること。

 アンドレという偽名を使い繁華街で『もてなし役(ホスト)』をしていること。

 アンドレとしてクロエと話をしたことが、素性調査を手伝うきっかけになったこと。

 昨日、結婚候補者の1人であるドリー・メイソンと接触したこと。

 今日はその報告のためにアーサー邸を訪れたこと。


 全ての事情を語り終えたとき、レオナルドは全てが繋がったと手のひらを打った。


「なるほど、そういう事情でございましたか。どうりでアン様は、仕事の話になると妙に口が重かったわけですね」

「そうそう、そうなの。あたしが変貌魔法を使えることは家族も知らないんだ。この世界でグレンと……レオナルドだけね。だからお願い、このことは誰にも言わないで」


 アンは上目づかいでレオナルドを見やる。魔法を解かれたそのままの姿で会話をしているのだから、今のアンは裸に男物のシャツ1枚という格好だ。ズボンも靴下も履いていない。

 

 レオナルドはアンの身体から不自然に視線を逸らしながらも、力強く言った。


「アン様の秘密を、安易に暴露するような真似はしませんよ。誰にでも人に言えない秘密の1つ2つはあるものです。リナやバーバラにも伝えない方がよろしいのですよね?」

「レオナルドの口からは伝えないで。どうしても必要なときは、あたしの口から説明するから」

「……承知しました」


 レオナルドが静々と頭を下げるので、アンは『よかったよかった』と胸を撫でおろした。


 話が一区切りしたところで、レオナルドはグレンへと視線を移した。アンの魔法を解いた長本人であるグレンは、はなから会話を放棄し仕事にあたっている。何とも無責任な態度だ。


「グレン。直に客人が到着する。そろそろ玄関口に待機してくれ」


 グレンは仕事の手を止め、壁掛け時計を見上げた。

 

「ん? ああ、もうそんな時間か」

 

 床に落ちた男物のズボンを拾い上げながら、アンは2人の会話に口をはさんだ。


「お客様が来るの? もしかして結婚候補者のご挨拶かな?」

「いや、宮殿の関係者だ」

「……ってことはお仕事の話かぁ。長引くかな? あたし、出直そうか」

「1時間はかからずに終わるから待ってろよ。客間を開けてやる」


 そうアンに促す間にも、グレンは椅子の背にかけてあった上着をはおり、シャツの襟元を整え、着々と身支度を進めていく。

 アンは明るい声でグレンの提案を辞退した。

 

「そこまでしてもらわなくても、どこかで適当にくつろいでるよ。バーバラはいるかな?」

「バーバラは買い物に出ている。馬車を使っているからジェフもいねぇぞ」

「リナは?」


 リナはアーサー邸で働く使用人の1人で、普段は邸宅内の家事全般とアーサーの生活介助を請け負っている。前回アーサー邸を訪問したとき、一緒に夕食をとったことから、アンはリナと仲良くなったのだ。

 

「リナはアーサー王子のところにいる。昼食の介助は終わっているから忙しくはないはずだぜ」

「そっかそっか。じゃああたしはリナと一緒にいるから、お客様が帰ったら声をかけてね。うふふ、楽しみだなぁ。『繁華街の貴公子』にお手々を握られたら、リナはどんな顔をするかなぁ」


 りんごのように赤らんだリナの顔を想像し、アンは悦に浸った。アンの姿でリナと話すことも楽しいけれど、今日のアンはアンドレモードだ。着ている衣服も全て男物なのだから、アンドレとしてふるまうしか選択肢はないのだ。

 

 いそいそと男物のズボンを履き始めるアンの耳に、グレンの冷えた声が突き刺さった。


「おいアン。お前は金輪際、アンドレの姿でこの邸宅に立ち入るんじゃねぇ」


 突然の立ち入り禁止宣言に、アンは愕然とした。


「え……な、何で?」

「イラつくからだ。俺、男の姿のお前とは馬が合わねぇわ」

「いやいや……今まで散々おしゃべりしてきたじゃん」

「あれはクロエのときの出来事だろ。男女の会話ならまだ許せる。だが男同士は駄目だ。問答無用で張り倒したくなる」


 唯一無二の相棒に対し、散々な物言いである。アンは「酷いよ酷いよ」と地団太を踏むが、レオナルドは笑いをこらえプルプルと肩を震わせているところだ。「アン様には申し訳ありませんが、グレンの言うこともわからないではありません」言葉はなくともレオナルドの思いが伝わってくる。


「歓迎されないのなら、次からはアン(こっち)で来るからいいよ。でも今日だけは勘弁してよね。あたし、女物の衣類なんて持ち歩いてないんだから」


 アンの拗ね言葉に、グレンはさらりと返事をした。


「俺の寝室のタンスの上に白い紙袋が置いてある。中に女物の衣類が一式入っているから、着ていいぜ」

「クロエの物ってこと? 嬉しいお言葉だけど、あたしクロエとは体格が違いすぎるもん。サイズが合わないよ」

「サイズを間違えて買っちまったんだよ。多分、お前にちょうどいいくらいだと思うぜ」


 グレンの発言に少しだけ違和感を覚えながらも、アンは深く考えることなくグレンを諫めた。

 

「ちゃんと試着してから買いなよ、服が可哀想だよ」

「うるせぇな。値引き品を衝動買いしたんだ。あるだろ、そういうこと」

「まぁ……ないとは言わないけどさ」


 アンの背後では、レオナルドが何かを言いたげに口元をうねらせているところであった。

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