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06『銀月のベルスース.1』
カンカン、と一定の周期で金属を叩く音が響く。けたたましい音ではない。
禿頭の頭に汗をにじませ、枯れ木のような嗄れた手で槌を振るう。
晩年も随分前に過ぎ、己の最期をどこかで悟った男は、彼の人生とも言えるその動作を続ける。
込めたい思いは既に形にし尽くし、男にはソレを作る理由は特にない。故に男は図面にも起こさずに、ただただ手癖でソレを形作る。
槌を振るい、銀金を曲げ、歪め、磨き。男の手元に狂いの一切はなく、微塵の迷いもない。どんどんと形を成してゆく楽器。高い空を讃える丘の下。音楽の好きだった妻と共に過ごした工房。月のきれいな夜には、男の作った楽器を妻が裸足で青草を駆けながら演奏した。
男の口はいつの間にか笑っている。
願わくば、良き演奏家に出会うようにと。込める思いは無かったはずだが、いつの間にか胸中に潜む。
月のキレイな夜だった。完成する頃には、ソレを演奏する体力は残されておらず、そのまま男の人生は幕を閉じる。
その間際、男には見えた。
工房で倒れた己を包み込み、その最期を看取る。銀髪の少女を――。