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物の様な者 ~物に宿る魂の修理屋~  作者: 十八番
1章『銀髪のサクソフォンは笑わない』
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05『褪せた銀色.5』

先程まで鍋を食べていた居間。マホが重々しく座り、僕にも座るように促した。


「あの銀色の。自分の記憶がない」


僕が座るのを見てそう切り出した。マホが銀色と呼ぶのはあの銀髪のサックスのことだろう。


「記憶がない・・か。そいうモノには僕も合ったことはないけど、やっぱり珍しいの?」


「ふぅむ。珍しいな。私もあったことがない。そもそも、だ。我々が自分の存在意義、つまりは自らの用途を忘れるというのは、人が人であることを忘れるのと同義だ。銀色のは楽器なのだから、音や芸術に何かしらの頓着があるはずだが、それらしいものも無かった」


それは人間で言うところの記憶喪失とはレベルの違う話だとマホは続ける。


「宗一郎、お前が自らを人間だと理解するように、鳥や魚、牛や虫だって、自らの本質を根底で理解している。"理解"というより"把握"、といったほうが適切か?」


自分が何者であるのか。彼女にはそれが微塵もわかっていないらしい。

それが不憫だと思うと同時に、一緒の大きさの疑問が湧き出る。


「それは、たしかに可哀想だ。こんな話を切り出すのは、やっぱり何か影響が出るのかい?」


月ヶ瀬菜々のスランプは、記憶喪失が影響しているのだ。マホの最終的な結論はそこにたどり着きそうな感じがした。

核心をえたのか、マホは少し考えて思い扉のように口を開く。


「――いや、それはわからん」


え。と声が漏れるのを止められなかった。


「え、ええぇー・・今の流れは完全に月ヶ瀬さんのスランプに関わってる流れでしょ・・!」


「わ、私だってわからんのだ、宗一郎。なんせ私もあんなケースと初めて出会った」


こほんと、話の流れを仕切り直して話の主導権を掴みなおす。


「話を戻すぞ。まずは我々の基礎知識のおさらいだ」


そう言ってマホはすっと立ち上がる。改めてその姿は足先ほど届く長い緑色の髪の毛と、緩いワンピースを着ただけの外見だ。


「我々という存在は、確かにこの世界に存在している。宗一郎、お前の幻覚や異常というわけではない。だが私は少し特別だが、基本的に宗一郎以外の人間には我々は見えないし話せない。そして他の物に触れて動かすことなどはできない」


マホはわざとらしく机の上の湯呑を持とうとしてすり抜けさせる。


「そして――」


その瞬間、マホが溶けるように消えた。


「え、マホって姿消せたんだ!」


初めてマホが姿を消しているところを見た。他の九十九神とは違い、マホは常に姿を見せていて寝るときも布団に入って寝るから、姿を消せないと勝手に思い込んでいた。


「そういえば見せたことがなかったな。これは我々の本体、私で言うところの、この家に意識を戻しているのだ」


基礎知識と言いながら、僕も初めて聞く内容に興味を揺さぶられる。


「これもまた私は例外だが、我々にとって、姿を見せていない状態のほうが自然なのだ。つまるところ力を抜いている状態だ。何が言いたいのかというとだな、宗一郎。姿を顕現させている状態は"結構疲れる"のだ」


マホは居間に安置されている修理品のケースに指を向ける。


「ティロが良い例だな。本体はあの中に安置された状態のまま、ここから数キロ離れた駅前で二時間ほどの買い物に付き合った。たったそれだけで暫く眠らねばならない程疲れるんだ」


「そうだったんだ・・・・なんか悪い子としてしまったな・・」


「別に謝ることではない。言い換えればその程度。本体に戻って寝れば多少の外出もできる。――だが問題はここからだ。我々は、本体に戻るとき、その本来の"大きさ"や"姿形"を強く意識しなければならない。故に、自らの等身大すら忘れている銀色のは、起源とする拠り所に戻ることができない」


僕は段々と事の大きさに気づき始めた。


「つまり・・・常に姿を見せている状態で・・疲弊しているってこと・・・・?」


マホは強く肯定する。


「私がお前にこの依頼を請けさせた理由は、この先どうなるのか分からないという点だ。私達は本体が壊れない限り、消滅こそしないが、顕現を続けた末どうなるか私は知らない。仮に憎悪に転じて邪な存在になられたら始末が悪い」


邪な存在に心当たりはないが、マホの危惧している事態は僕にとっても、月ヶ瀬さんにとっても良い結果にはならなそうだ。その不安、懸念こそが僕に依頼を請けさせ、完全に解決しないまでも、好転させようとしたのだろう。


「だったら、自分の姿を見せたり・・教えたりして本体に戻れるようにするのは?」


「やって見る価値はあるが、おそらく難しいだろう。赤や青という色を言葉のみで説明するようなものだからな。本体を見せたとしても、そこには自分とソレが存在しているだけで、繋がりを認識できん」


ふーむと僕とマホは唸る。

現物を詳しく見るまでは分からいのだが、現段階で修理の見当がついていない。


「だがな、宗一郎。お前ならやれる。これは私からの依頼でもある。あの銀色のを救ってやって欲しい」


マホが深々と頭を下げた。珍しいこともあるのだと、その時純粋に驚いた。


「大丈夫、できることは全部やるよ。まかせて・・・・・時間かけすぎて倒産するかもしれないけど・・」


修理にかかる費用は掛かった時間と必要になった部品代の合計。僕の場合、納得いただけなかった場合は料金を頂いていない。

時間を掛けて、納得して貰えなかったらそのままマイナスが伸し掛かる!!


「はは、そうはさせんよ。私も飯が食えなくなるからな。言っただろう? 私も手伝うと」


何かしら策を用意しているようだが、僕の緊張にも似た不安は無くならない。

いいや、他人の大切にしている物に向かう態度としては無くならない方がいい。


「雨木骨董品店の看板を賭けた修理がはじまるな」


「ははは・・まぁ、楽しみではあるね」


僕とマホの作戦会議はそこで終わった。

ほぼ説明回。だけど、こいう語りが好き。

小区切りといったところです。

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