性犯罪者予備軍→?
映画版プリキュアを男ひとりで見に来た男がいる。
おれのことではない。おれの前に座る男だ。
その度胸はあっぱれだと思う反面、五歳の娘を持つ身としてはあまり好ましくない。だって、ロリコンだろ? こうやって女の子向けアニメでシコってるかもしれない。ひょっとすると、プリキュア見に来た幼児たちに発情してるかも。そうなると、性犯罪者予備軍だ。
おれは席を替えたいなあと思ったが、日曜日の映画版プリキュアはそんなわがままを許してはくれない。席はギチギチで、次の上映まで待つこともできない。この一週間、我が娘から、いかに今日を楽しみであるかを延々ときかされている。
我が娘には『いたずら目的で』とか『暴行容疑』とか、そういうものとは無縁でいてもらいたいのはもちろん、性犯罪者予備軍を半径五メートル以内に入れたくない、間合いを外したいと思うのは娘を持つ父親全員の願いだ。
しかし、どんな男なのだろう? デブではない。むしろ小柄だ。だが、大人なのは間違いなく、黙って、おれの前に座っている。
「ねえ、パパ。プリキュアって女の子が見るんじゃないの?」
「うん」
「じゃあ、どうして?」
「心が女の子なんだよ」
「ふうん」
「この話はやめよっか。もうすぐ始まるし」
「うん」
娘は嬉しそうである。子どもと一緒に子ども向け映画を見るときは退屈だ。退屈だが、寝るとやっかいなので、しっかり見ていかないといけない。ストーリーを追って、あとでホクホクと幸せな娘の興奮するプリキュア感想について、しっかり相槌を打たないと、お父さん嫌い、の致命傷を負うことになる。こういうとき、妻がいてくれると力強い。なにせ我が妻はこういうとき絶対に寝ないし、むしろ妻のほうから、なんとかは強かったとか、なんとかはかっこよかったと話をふれる。ただ、妻は実家のお義父さんがぎっくり腰をやらかして、そっちに行っている。こうなると、おれも父親として覚悟を決めないといけない。
このようにただでさえ課題がたくさんあるのに、目の前には男がひとり。
左右両サイドには普通の親子が座っているので、この男は間違いなく単騎でプリキュアを見に来ている。DVDまで我慢できなかったのかよ、と思いつつ、上映が始まる。
他の幼児向けアニメのトレイラーがいくつかあって、そしてご本尊の開帳である。フルーツみたいな色をしたプリキュアたちが世界の危機を前になんとかかんとかする。見た感想は、思ったより素手でぶん殴って敵を倒すな、というところ。なんかこう、きらきらした魔法みたいなもので戦うのかと思ったが、結構蹴る殴る地面を割るをする。武闘派である。
そんなステゴロを見ながら、我が娘は「がんばれー! キュアなんとかー!」と必死に応援する。子ども向けアニメ映画の宿命だが、もう映画館は子どもたちの声でいっぱいである。むしろ、自分たちが応援しなければ、プリキュアたちが勝利をおさめられないとすら思っている。
「あ」
と、思わず声をあげた。
前の単騎男が泣いているのだ。肩をふるわしながら、プリキュア頑張れ、としゃくりながら。
これはやばい。実にやばい。
ひょっとすると、指名手配犯かもしれない。
やめとけばいいのに、顔を見てやりたくなる。
そこでできるだけ身を低くして、席を離れ、通路をちょっと前に進んで、顔を見てやった。
男は額に入った女の子の写真を抱きかかえていた。その写真はニュースで見覚えがある。ひどくむかつく事件で。
「ほら、愛華。プリキュアが頑張ってるよ。すごいねえ。すごいねえ」
男は写真に語り掛ける。大粒の涙をポロポロ流している。
彼は性犯罪者予備軍ではなく、被害者の遺族だったのだ。
おれは席に戻る。
精いっぱいプリキュアを応援している我が子の手をしっかり握った。