97.イメージコントロールは大切です
トーリに着いた翌日。
朝食を終えた私は早速王都から新しく持ってきた大きな魔石に、聖女の加護を付与することにした。
レオさんの拳よりも二回りほどは大きい淡い緑色の魔石は、とても上質なもの。
今度はなにがあっても絶対に割れないよう、特別集中して加護を付与する。
〝どうかこの地をお守りください――〟
私はトーリで数ヶ月を過ごし、街の人々とも触れ合った。
魔物が猛威を振るっている危険な地でありながら、故郷であるこの街を大切に思い暮らし続けている人たちの笑顔を思い出す。
第三騎士団の皆さんも、たくましくて一生懸命で、お優しくて本当にたくましい……、素敵な方たち。
それに、この地にはアニカとマルクス様もいる――。
お義母様はここでの暮らしが辛すぎて逃亡してしまったらしいけど。
どこに行ってしまったのかしら? 無事だといいわ……。
アニカとマルクス様とはあまりいい思い出がないけれど、二人ともそんなに悪い人ではない。
私とはちょっと合わなかっただけ。
アニカは本当にマルクス様のことが好きなんだと思うし、どうかうまくいってほしい。
私はそう願ってる。
〝だからどうか、私の代わりにこの地の平和を守って――!〟
心の中でこの街で暮らす人々のことを思いながら、強く祈った。
「……すごい」
「なんて力だ……」
その様子を見ていたマルクス様たちの声が耳に届く。
……わかる。
自分でも、とても強大な魔力が身体から溢れているのがわかるわ。
「そこまでだ!!」
「――!」
そう感じた直後。
リックさんが大きな声を出したことで、私ははっとして目を開け、力を抜いた。
「それ以上やったら、それこそ魔石が耐えられなくなって割れるぞ」
「はい……すみません」
言われて目を向けると、確かに魔石から私の魔力が溢れ出るほど十分な量が付与されているのがわかった。
せっかくこんなに大きくて質のいい魔石を用意してもらったのに、自分で壊してしまうところだったわ。
闇雲に、ただ力をたくさん注げばいいというわけではないのよね。
そういうところも、もっとうまく調整できるようにならないと。
「お疲れ様、シベルちゃん。これでよほどのことがないかぎり、魔物は近づいてこないだろう」
「レオさん」
「だが疲れただろう? 座って」
「はい、ありがとうございます」
そう言って寄り添ってくれるレオさんに素直に応じて、椅子に座る。
「本当に。隣国バーハンド王国で魔石に加護を付与していたときより、強大な魔力だったな」
「やはり思い入れが大きいほど、私の力はより強く発揮されるようです」
「なるほどな」
リックさんに顔色を確認された私だけど、まだ魔力は残っている。
きっと、すべて使い切っていたら魔力を分けてくれようとしたのね。
「……シベル、ありがとう」
「いいえ。聖女として当然のことをしただけですよ」
リックさんの後ろで、マルクス様が小さく呟いた。
私の返事に、彼は他にもなにか言いたいことがあるような、複雑な表情を浮べて微笑んでいた。
*
「シベルちゃん、入っていいかな?」
「レオさん! どうぞ」
その後部屋で休んでいる私のもとに、レオさんがやってきた。
「お茶を持ってきたよ。シベルちゃんの好きな蜂蜜とレモンを入れたから、一緒に飲もう」
「まぁ、ありがとうございます」
王太子であるレオさんが、私のために淹れてくれたお茶……。
なんて贅沢なのでしょう。
甘くてとっても美味しいわ。きっと蜂蜜が多めなのね。
「美味しいです。元気が出ました」
「そうか、それはよかった。第三騎士団のみんなも喜んでいたよ。これでこの街はしばらく安泰だな」
「はい」
本当に、そうだといいわ。
それを聞いたら安心できるけど、私には気になっていることがある。
「……」
「どうしたの? なにか不安なことでもあるのかい?」
「あの……、どうして魔石は割れてしまったのでしょう。割れた魔石を見て、原因はわかったのでしょうか?」
割れた魔石を直接見ても、私にはわからなかった。
リックさんやミルコさん、それにレオさんなら、私より経験も知識も豊富だから、なにかわかったかもしれない。
そう思って尋ねてみたけれど……。
「残念ながら、はっきりとした理由はわからない。きちんと調査をするなら、トーリの森の奥にある、魔境に踏み込む必要があるかもしれない」
「そうですか……」
トーリの森はとても広い。
私も入ったことがある、手前の森までは調査が進んでいるようだけど、その奥は瘴気が漂い昼夜問わず明かりが差し込まない、魔の森と呼ばれる魔境となっている。
過去、冒険者が踏み込んで、帰ってきた者はいないと言われている危険な場所。
「そんな場所には誰も行かせられませんね」
「ああ。今のところ危険な魔物が現れたという情報もないし、このまま様子を見ることになるだろうな」
「はい」
それでいいわ。
単純に、私の力が弱かったというだけかもしれないし。
「他の街は大丈夫なのでしょうか」
「ん?」
「まだまだこの国のすべての街に魔石を届けられていません。だから今も、魔物の脅威に怯えながら過ごしている人たちがいるのかもしれません」
「……そうだね」
もちろん何かあればすぐに王都にいる騎士団に連絡が入るのだろうし、各地には傭兵団もいる。
けれど、中には傭兵団がいないような小さな町もあるだろうし……。
一刻も早く、すべての土地に魔石を届けたい。
「このままレオさんと一緒に、国中を旅して回りたいです」
「……俺もそうしたいよ」
王太子であるレオさんを連れて旅をするなんて、そんなこと許されないだろうけど……。
それを言うなら、きっと聖女である私もそんなことは許されないのだろう。
でも一番効率がいいのは、そのやり方だと思う。
「そのことはまた後日考えよう。帰ったら、父上にも今回のことを踏まえてもう一度話してみるから、とにかく今日はゆっくり休んで」
「はい」
そうね。確かに、大きな仕事を一つ終えたのだから、今はゆっくり休んでしっかり魔力を回復しなくちゃ!
「いつもこの国のことを考えてくれて……ありがとう、シベルちゃん」
隣に座っていたレオさんが、ふとそう言って私の頰に手を伸ばした。
とても愛おしげに見つめられて、私の胸はすぐに高鳴る。
「聖女として……レオさんの妻として、期待に応えられるよう頑張ります!」
「俺の妻として……か」
「はい!」
力強く答えたら、レオさんの顔が迫ってきて、私の額に唇が触れた。
「ありがとう。シベルちゃんは聖女としてこれから忙しくなるだろうけど……、俺の妻としても、期待に応えてくれるんだね?」
「もちろんです! なんでも言ってください!」
「なんでも、か……。それは本当に期待してしまうな。早く結婚したいよ」
「レオさん……!」
王太子妃は大変だと思うけど、覚悟はできている。
そういう意味で言ったけど、レオさんはなぜだかとても甘い声色でそう言うと、私の頰に触れている手に力を込めて上を向かせた。
とても真剣で、色気のある表情で私を見下ろしているレオさんに、いつか見た夢の中のレオさんを思い出してしまう。
服は着ているけれど、レオさんの色っぽい表情はあのときの夢のよう。
その視線から私のことが好きだと伝わってきて、一瞬で身体が熱を持つ。
レオさんと結婚したら……。
本当に毎日、あの夢のような日々が待っていたりして……?
「ああ……っ」
「シベルちゃん!? どうしたの!?」
「ごめんなさい……ちょっと目眩が……」
「え……? やっぱり疲れているのかな」
「いいえ、おかげでとても元気になりました」
「え? ……え???」
それを想像したらくらりと目眩がして、顔から火が出た気がする。
こんなことでは駄目よ、シベル……!
レオさんと結婚するまでに、もう少し慣れておかないと……!!
そう思い、今夜からまた寝る前にレオさんとの新婚後の妄想を進めることにした。
頑張れシベル( `・ω・´)
本日PASH!UPさまにてコミカライズ第6話が更新されています(*^^*)
なんと今なら6話まで登録不要で無料で読めちゃいます!!すごい!!
まだウブだった頃(?)のシベルが見れます。ぜひぜひご覧ください〜!
https://pash-up.jp/content/00002552
下からもいけます!
こちらの連載が完結しました!よろしくお願いいたします(*ˊᵕˋ*)
『腹黒悪女と言われた令嬢、ローナの新しい生き方』
https://ncode.syosetu.com/n6110jc/
めげない前向きヒロインのスカッとするお話です!(*^^*)