95.久しぶりにトーリでお料理
数週間かけて無事トーリに到着すると、第三騎士団の方々が出迎えてくれた。
魔物が増えたとは聞いているけれど、目に見えた被害はないようだ。
街の人たちにも、死人が出たり家が壊されたりということはないらしい。
それは本当によかった。
森から出てきた魔物が街に行ってしまう前に防げているのね。
それもこれも、魔の森と街の間を隔てるように建てられている騎士団城砦のおかげね。
「たった数ヶ月前までここにいたのに、なんだかとても懐かしく感じますね」
「ああ、本当にそうだね」
寮内の廊下をレオさんと並んで歩きながら、ここで過ごした幸せな日々を思い出す。
もちろん今もとても幸せだけど。
「シベル……!」
そうしていたら、マルクス様が私を呼ぶ声が聞こえた。
正面に顔を向けると、以前より険しい表情で、白い騎士服を着たマルクス様がこちらに向かって歩いてきた。
王宮騎士団の制服デザインは第一から第三まで同じで、クラヴァットの色で部隊分けされている。
レオさんがいた第一騎士団は赤。第二騎士団は青で、マルクス様が籍を置いている第三騎士団は緑。
騎士服を着ているマルクス様は見慣れないけれど、そのお顔を見るかぎりそれなりに大変な思いをしているということが窺える。
体型も……昔より少しだけたくましくなったような……気がしなくもない。
「お久しぶりです、マルクス様」
「シベル……、よく来てくれた。長旅大変だっただろう」
「いいえ。皆さんのおかげでとても楽しく……ではなく、快適な旅でした」
これは遊びじゃないのよ。
聖女としての仕事で来たのだから、しゃんとしなくちゃ!
それにしても、マルクス様がまず私を気遣うような言葉をかけてくれるなんて。
彼は本当に変わったのね。
昔だったら、いきなり「早く魔石に加護を付与しろ!」と命令されていたと思うわ。
「兄上も……王太子自らご足労いただき、ありがとうございます」
「いや、俺はただの付き添いだよ。それより、おまえも頑張っているようだな」
「いいえ、僕なんてまだまだ……。とりあえず座って話しましょう。どうぞ、こちらです」
「ああ」
レオさんはマルクス様を見て話しているけど、マルクス様はレオさんと目を合わせない。
なんだか気まずい空気が流れたような気がする。
「――これが割れた魔石です」
「まぁ……」
案内された応接室のテーブルに置かれていた魔石は、元の面影がないほどに砕けていた。
「……本当に、この魔石が勝手に割れたのか?」
「ああ、ある日突然な」
「信じられねぇ……」
魔法や魔石に詳しいリックさんも驚いている。やっぱりこんなことは滅多にあることではないのね。
「……シベルちゃんが付与してくれた力も消えてしまっているな」
「そのようだな」
魔石の欠片を手に取り見つめているレオさんとミルコさんの表情も険しい。
「やはり、私の力が足りなかったせいでしょうか」
「うーん……それにしても魔石が突然割れるとは……」
そこまで言って言葉を詰まらせるレオさん。
魔石が勝手に割れる理由は、一体なんなのでしょう?
「とにかく、新しい魔石を用意しましょう! 今の私なら、以前よりちゃんとしたものを用意できると思います!」
「ああ。だが今日は到着したばかりだからまずは休んで。魔石への加護は明日にしようね」
「わかりました」
優しくそう言ってくれたレオさんに頷いたけど、私は頑張らなければ。
大切な思い出をくれたトーリのためにも、第三騎士団やマルクス様たちの安全のためにも。
「シベル、後で話が――」
「?」
そう気合いを入れたとき。マルクス様がひっそりと私に話しかけてきた。
けれど、なにかと耳を傾けた直後、
「お義姉様ぁ!!」
バァン――! と大きな音を立てて扉を開け、間が悪くやってきた彼女――アニカが、泣きながら私に飛びついた。
「お義姉様、お義姉様ぁ! 魔物が出て怖かったです~! 早く助けてください!!」
「まぁ、アニカ……元気そうでよかったわ」
「全然元気じゃありません!!」
最後に見たときよりは細くなったようだけど、勢いよく抱きつかれて身体がよろける。
それでも私の耳元で大きな声を出しているアニカは、とても元気そうに見える。
「アニカ、シベルたちは長旅で疲れているんだ。今日は休ませてやらないと」
「で、でもっ、お義姉様は魔石に加護を付与するために来てくれたのですよね!? 早く新しい魔石を用意しないと、また魔物が襲ってきます……!」
よほど怖い思いでもしたのか、アニカは私から手を離さない。
「大丈夫だよ。シベルちゃんがいれば、それだけで魔物は寄ってこない。逆に、今無理をして魔力を使い果たしてしまったら、それこそ危険だ」
「えっ、そうなんですか!? ……わかりました」
レオさんの説得に応じて、アニカはようやく私から離れてくれた。
「……お義姉様、ごめんなさい。私、怖くて」
「私たちが来たから、もう大丈夫よ」
「はい……」
ぐすっと鼻をすすって涙を拭うアニカは、本当の妹みたいでちょっと可愛く見える。
こんなふうに、最初から素直に話ができていたら……アニカともっと仲のいい姉妹になれたかもしれないと、ふと思った。
「それじゃあ、夕食まで部屋でゆっくりしていてくれ。行くぞ、アニカ」
「はい、マルクス様」
応接室を出ていこうとする二人の背中を見つめながら、私はふと口を開いた。
「夕食……? よろしければ、私もお手伝いしましょうか」
「え? しかし……、シベルは疲れているだろう?」
「大丈夫です! トーリで料理をするのはとても久しぶりですが……ぜひ手伝わせてください!」
張り切ってそう言ったら、マルクス様は困惑の表情を浮べたけれど。
「シベルちゃんの料理が食べられるなんて嬉しいな~! いつぶりだろう」
「うふふ、王宮では料理をする機会がなかなかありませんからね!」
「こら、ヨティ。……シベルちゃん、無理はしなくていいんだよ?」
「大丈夫です! お料理をするのに魔力は使いませんし」
私は、料理をするのが苦ではない。
むしろ、こうやってヨティさんや騎士様たちが喜んでくれる顔を見るのが大好きだから、迷惑でなければぜひ手伝いたい。
「……シベルは料理が得意なのか?」
「おまえ、シベルの料理を食ったことないのか?」
「ああ。それこそ、そんな機会はなかったからな」
「じゃあ一度食ってみろ! 本当に美味いぞ」
「……」
幼馴染であるリックさんの反応に、マルクス様はレオさんへそっと視線を向けた。
「兄上、いいんですか?」
「ああ、シベルちゃんがそうしたいなら」
「うふふ、ぜひ!」
私のことをよくわかってくれているレオさんは、優しく笑ってくれた。
騎士様たちは私が作る料理を本当に美味しそうに食べてくれるし、とても喜んでくれる。
私は騎士様に喜んでもらえることがなによりの幸せで、心から嬉しい。
だから、騎士様たちが喜んでくれることをすると、むしろ私の疲れが吹き飛んでしまう。
「……お義姉様は料理が得意なんですね」
「得意というか、好きなの」
「へぇ……。私に美味しく作る秘訣を教えてくれませんか? 私も、マルクス様に美味しいと言ってもらいたいです」
まぁ、アニカったら。
少し恥ずかしそうにそう呟いたアニカが、とても可愛く見えた。
アニカは昔からマルクス様のことが好きだったものね。
「もちろんよ!」
「……! ありがとうございます」
そうして私は、うきうきしながらエルガさんとアニカと一緒に調理場へ向かった。