94.助けてくれ※マルクス視点
「――マルクス様、お義姉様たちがトーリに向かっているというのは、本当ですか?」
シベルたちの到着を待っていたその日。
話を聞きつけたらしいアニカが僕のもとにやってきた。
「ああ」
「それでは私たち、ついに王都に帰ることが許されたのかしら……!」
「違う。シベルは新しい魔石を用意しに来るだけだ」
「え……?」
ここに来たばかりの頃は丸々と太っていたアニカだが、厳しい生活のおかげで以前のようなほっそりした体型に戻ってきた。
彼女は彼女なりに、苦労しているのだろう。
「では……、私たちはまだここで暮らさなければならないのですか……?」
「そうだろうな」
「……嫌です、もう、限界です……!! お母様も気を病んでどこかに行ってしまいましたし……、マルクス様からお義姉様に頼んでください……!!」
「……っ、無理だ」
僕の返事を聞き、うるっと瞳に涙を溜めたアニカは一瞬にしてピーピー泣き始める。
一緒にこの地に来た彼女の母親は、ここでの生活に耐えられなくなったのか、ある日逃亡し、いなくなった。
無事どこかの町で暮らしているのかもしれないが、実の娘すらも置いて一人で逃げ出すとは……。
思えば僕もアニカもその母親の口車に乗ってしまったのだし、シベルも相当冷遇されていたようだ。
ここから逃げ出したとしても、あの欲望に塗れた母親が幸せに暮らしているとは思えない。
まぁ、僕の知ったことではないが。
とにかく、アニカは母親もいなくなり、魔物が頻繁に現れるようになり、すっかり憔悴しきっている。
だがこのようなことでは、間違いなく王都に帰ることは許されない……。
そんなこと、僕でもわかるぞ。
「もう、いいです……! 私から頼んでみます! お義姉様は私がお願いすれば、きっと聞いてくれます!」
「……君はシベルにいじめられていたのではなかったのか?」
「え? なんですか?」
「いや……、なんでもない」
もう、それが偽りであったことはわかっている。
だが、子供の頃から婚約していたというのに、シベルを信じてやれなかった僕も悪い。
だからアニカだけを責めるつもりはないが……。
あの頃の僕は、とても焦っていた。
聖女の力に目覚めない婚約者に。いつまでも立太子されないことに。
だから、ろくに調べもせず、アニカとその母親の言うことを信じてしまった。
シベルに冷たくしてしまったことも、今ではとても後悔している。
……シベルがやってきたら、もう一度二人で話をする機会をもらおう。
既に兄が立太子されているが、それでも僕はシベルと話がしたい。
七年もの間婚約していた彼女の本当の気持ちを聞きたい。
だから、二つの意味でドキドキしながら、シベルがこの地にやってくるのを待った。
シベルが聖女の加護を付与した魔石が割れたのは、本当に突然だった。
突然、ぱきっとヒビが入ったかと思ったら、一瞬にして砕けたのだ。
とても恐ろしく、力ある魔物が現れたに違いない。
そう思い、僕は震え上がった。
聖女の魔力よりも強い魔物……!?
魔族か!? ドラゴンか!?
まずい、まずい、まずい……!
とにかくまずい。この街は吹き飛ばされる……!
第三騎士団も僕も、全員殺される……!!
トーリの地にある大きな魔の森。
騎士でも自ら踏み込んでいくことはない、危険な森。
その森にはどんな恐ろしい魔物が生息しているのか、僕には計り知れない。
怖い、怖い、怖い、怖い……!!
助けてくれ、リック……、シベル……、兄上……!!
そう思い震えていたが、魔石が壊れてからもすぐに強い魔物が襲ってくることはなかった。
しかし、森から出てくる魔物が増えたのは確かだ。
下級の魔物ばかりだから第三騎士団だけで十分対処できていたのだが、すぐに聖女の魔石を補わなければ危険だ。
だから魔法の鏡を使ってシベルと兄上に直接そのことを僕の口から伝えると、彼らが直々に来てくれることになった。
聖女が来てくれるなら安心だ。
僕は彼女の力を直接見ている。
王都をワイバーンの群れが襲ったとき、シベルは聖女の祈りで一瞬にして倒してしまった。
あの力があれば安心だ。
魔石が壊れたのは、きっとシベルの力がまだ弱かったせいだ。
彼女もあれからの数ヶ月でもっと強い力を身に付けているはずだ。
だからもう一度魔石に聖女の加護を付与してもらえば、きっと大丈夫。
それに、アニカに言われたからではないが、兄上が一緒に来るならそろそろ王都に戻れないか直接聞いてみようと思う。
僕はもう十分反省した。十分辛い思いをして、罰は受けた。
父上は僕に厳しいが、兄上なら、きっと――。
……いや、僕は兄上のことをよく知らない。
父と愛人の間に生まれた兄上とは、全然話したことがない。
母上からも「兄と話す必要はない」と言われ、時々城で見かけることがあっても、なにを話せばいいかわからず、声をかけたことはなかった。
そうしているうちに、兄は騎士団に入団し、王都を離れた。
正妃の息子である僕が次期国王になると思っていたのに、兄が王位を継ぐのではないかという噂を耳にするようになった。
そんな兄を、僕はずっと疎ましく思っていたのだ――。
「今更都合よく〝助けてくれ〟と言って、聞いてくれるはずはないか……」
兄上だって、僕になんの思い入れもないだろう。
それどころか、シベルに酷い態度を取ったことを今でも怒っているかもしれない。
「……期待するのはやめよう」
僕たちは血の繋がりはあるが、兄弟と呼べるような関係ではないのだから。
マルクスもアニカも元気そうですね……!( . ̫ . )





