87.聖女の護衛に相応しくない?
「ふぅ。今日のお仕事はもう終わったし、どうしようかしら」
変わらず、王都は平和。
各地にはまだまだ魔物が出現することもあるけれど、大きな被害があったという話は聞いていない。
私の主な仕事は魔石に聖女の加護を付与するということだけど、無理のない範囲でゆっくりやらせてもらっている。
もちろん、本当は少しでも早く、より多くの魔石に聖女の加護が付与できれば、それだけ各地に魔石を届けることができて安心なのだけど。
今のところ魔物はおとなしいようなので、慌てる必要はないとのこと。
それから、最近は治癒の力を活かして回復薬作りにも参加させてもらうようになった。
騎士団ほど大きくはないけれど、この国にも魔導師団があり、魔法を得意とする魔導師様がいる。
魔導師様が作る回復薬は、薬草を煮て魔力を込めたもの。
それに聖女の加護……つまり私が治癒魔法を加えると、より強力な回復薬になるのだそう。
治癒魔法は、聖女の力に目覚めたばかりの私にはまだまだ使いこなせていないのだけど、こちらももっと頑張りたい。
そうすれば、重病や大怪我を負っている人たちのことも救えるのだから。
でもそれも、無理のない範囲でゆっくりやっていこうと、レオさんに言われている。
とりあえず今は平和なので、焦らず頑張っていこうと思う。
というわけで、予定よりも早く今日の仕事を終えた私は、暇になってしまった。
レオさんはきっと執務中だし……そうだわ。
こういうときは、まず騎士様たちの訓練を覗きに……ではなく、堂々と見学に行く。
聖女の護衛を務めてくれているヨティさんとリックさんも、私が仕事中だった今は、第一騎士団の皆さんと一緒に稽古をつけているはず。
「――はぁ!? どういうことだよ!!」
屋外にある騎士団訓練場に向かっていた私の耳に飛び込んできたのは、リックさんの怒ったような大きな声。
「おいリック。やめておけって、相手は団長だぞ?」
「俺はレオポルト殿下から直々に命を受けてるんだ!」
「私は聖女様の身を案じて助言しただけだ。そうやってすぐ熱くなるところも、向いていない」
「なんだと……!!」
「リック!」
近づいてみると、新しく第一騎士団の団長になったオスカー・ユスト様と、リックさんが揉めているようだった。それをヨティさんがなだめている。
「どうされたのですか?」
「あ、シベルちゃん。実は――」
〝聖女様〟という言葉も聞こえたから、私にも関係があることかもしれない。
そう思って声をかけたら、ヨティさんが口を開いて事情を説明しようとしてくれたけど。
「シベル〝様〟だろう。そういうところが相応しくないと言っているんだ」
「……いやこれは、」
「いつまでもトーリにいた頃の仲良しごっこだと思うな。聖女様はこの国にとって……いや、世界にとってとても貴重で大切な存在なんだ」
「それはわかってるっすよ! 俺たちは命をかけてシベルちゃんを守る覚悟ができてますから!!」
「だから、シベル様、だ」
「~~~!!」
今度は、ヨティさんがオスカー様と揉めてしまった。
でも、今のやり取りを聞いてなんとなく事情はわかった。
「お待ちください、その呼び方は私がそうしてほしいとお願いしているのです。ですがお二人とも、正式な場ではきちんとそれらしい振る舞いをしてくれます」
「日頃の気の緩みが油断を招くのです」
「そうかもしれませんが……でも、お二人ともとても強いのはご存知ですよね? いつも私を守ってくださいますし、私はお二人を信頼しています」
「……」
きっと、オスカー様はヨティさんとリックさんに、聖女の護衛として二人が相応しくないと言ったのだと思う。
でも、そんなことはないわ。優秀な騎士様の集まりである第一騎士団の中でも、お二人の実力はレオさんやミルコさんも認めるほどのもの。
それに、私との信頼関係も、特に厚い。
そう思って言ったけど。
「聞きましたよ。婚前旅行から帰る途中、危険な目に遭ったと」
「……それは」
「そのとき彼らはなにをしていたのです?」
「あのときは、私とレオさん二人きりの時間を作ってくださるために――!」
先日、婚前旅行という名目で隣国を訪れた帰りの道中、私とレオさんが二人でいるところをナイフで襲われた。
レオさんが倒してくれたおかげで私たちに怪我はなかったけど、犯人は立太子されたレオさんを狙った、王妃派の者だった。
王妃様は一切関係のないことだったけど、秘密裏に処罰されたと聞いている。
でも、オスカー様の耳には入ってしまったのね。
「とにかく、この若造たちでは聖女様の護衛という重大さがわからないようだ」
「そんなことありません!」
ヨティさんたちは常に私と一緒にいるわけではないけれど、それはレオさんも陛下も承知のこと。
いくら護衛とはいえ、四六時中一緒ではお互いに気が休まらない。
「私がもっとしっかりします……お二人は本当に信頼できる護衛です」
「……では試してみましょうか。シベル様、動かないでくださいね」
「……?」
「シベル――!」
「シベルちゃん――!」
オスカー様がそう呟いて私に手を向けた直後。
彼の手から、氷がつるのように私に向かって伸びてきた。