85.それは内緒です
「メラニー妃、元気になってよかったな」
「はい。本当にありがとうございました」
無事、メラニー様とマルクス様に魔法の鏡が届き、二人はこれから好きなときに顔を見ながら連絡が取り合えるようになった。
メラニー様は以前のように元気を取り戻してくれたし、リックさんの話ではマルクス様もそれなりに頑張っているようだった。
アニカと継母も、とても苦労しているようだけど、頼もしい寮母さんたちとなんとかやっているらしい。
「シベルちゃんが頑張ったんだよ」
「ヴァグナー様を紹介してくれたリックさんや、婚前旅行に行く許可をくださった陛下。一緒に行ってくれたミルコさんやヨティさん、それから色々とお世話してくれたエルガさんたち、皆さんのおかげです」
「そうだな」
就寝前にレオさんが私の部屋にやってきて、こうしてソファに並んで座っている私たち。
「……それに、なんといってもレオさんがいつも一緒にいて支えてくださいました」
今回のことは、本当に皆さんの協力がなければ成し遂げられなかったと思う。
用意されたすべての魔石に私が聖女の加護を付与できたのは、レオさんのおかげ。レオさんがいてくれたら、私は聖女としての力を発揮できる。
「レオさんのおかげで、聖女の加護を付与するコツを掴めましたし」
「俺のおかげで?」
「はい」
少し照れくさい気持ちになりながらそれを伝えると、レオさんはじっと私を見つめながら言った。
「俺がなにかアドバイスでもしたかな?」
「……」
きょとんとした顔で「うーん」と唸りながら、真剣に考えている様子のレオさん。
「えっと……直接アドバイスをいただいたわけではないのですが……」
「うん?」
改まって聞かれると、なぜだか無性に照れくさい。
でも今更「なんでもないです」なんて言ったら、レオさんは気になって眠れなくなってしまう?
「……レオさんを想うと、身体の中から力が溢れ出たのです」
「え?」
「聖女は幸せであればあるほどその力が発揮されるのです」
「あ――」
そこまで言うと、ようやくレオさんがその意味を理解してくれた。
「私はレオさんといると幸せなのです」
「シベルちゃん」
それでも最後まで言葉を紡いだ私に身体を向けたレオさんは、そっと私の肩に手を置いて真剣な表情を見せた。
「……」
「……シベルちゃん」
これは……! この雰囲気は、もしかして……!!
私はもう何度もレオさんと口づけを交わしている。だからわかります!
それにしても、口づけを交わす前のレオさんってこういうお顔をしていたのね……。
少し緊張の色が浮かんでいるけれど、とても真剣で男らしい表情で、凜々しくて素敵……。
「……」
「……」
ゆっくりと、そんな格好いいレオさんのお顔が近づいてきて、私はぽーっとしてしまう。
過去数回の口づけは、実は突然のことで頭がついていけてなかった。
でももう大丈夫。しっかりとこの幸せを噛みしめましょう。
うっすらとまぶたを下ろすレオさんをじーっと見つめていたら、唇が触れ合う前にレオさんの動きがピタリと止まった。
「……シベルちゃん」
「はい、レオさん」
あと少しだったのに。レオさんは一度しっかりと目を開けて顔を離してしまった。
「できれば、目を閉じてくれると……」
「あっ」
思えばこれまで、いつも急だったから私は目を閉じていなかった。
キスするときは目を閉じるものだというのは、ロマンス小説をたくさん読んでいるから知っている。
けれどつい、レオさんのお顔が格好よすぎて閉じるのを忘れてしまう。
「ずっと見られているのは照れくさいものだよ?」
「すみません……っレオさんが格好よくて、つい……!」
「……それは嬉しいけどね」
「……っ!」
言いながら、再び私に顔を寄せたレオさんの吐息が鼻にかかってドキリと胸が跳ねる。
「…………」
〝照れる〟と言いながら、鼻を掠めるほどの距離で私に甘い視線を送るレオさんに、今度は私のほうが視線を逸らしてしまう。
「シベルちゃん、好きだよ」
「私も好きです、レオさん……」
けれど、その言葉に応えるためちらりと視線を上げてレオさんの綺麗な青い瞳と視線を絡ませると、三秒後には唇が重なった。
下ろされるレオさんのまぶたにつられるように、今回はちゃんと、私も目を閉じた。
「――ところで、もう一対の鏡はどうする?」
「そうですね……」
唇が離れると、レオさんは嬉しそうに微笑み、とても愛しいものを扱うような手つきで私を抱きしめてくれた。
それからふと、話が魔法の鏡のことに戻る。
メラニー様とマルクス様には緑色の縁の鏡を渡した。ヴァグナー様はもう一対鏡をくれたから、青い縁の鏡が残ってる。
「もしかしたらまた誰かが必要とするかもしれないので、とりあえず大事にしまっておきましょう」
「そうだね」
レオさんと私で持っていたら、おやすみを言って別れた後も眠りに落ちるその瞬間までレオさんの顔を見ていられる……?
「……」
「ん?」
そんなことを一瞬考えてレオさんの顔を見つめてみたけれど、さすがにそれは贅沢な望みよね。
「なんでもないです」
「そうかい?」
レオさんとはこんなに一緒にいるのだから、必要ないわ。それに、もう少ししたら私とレオさんは結婚する。
そしたら寝室だって一緒になるのだから、おやすみを言った後も一緒にいられるし……それに…………。
「シベルちゃん!? どうしたの、大丈夫?」
「すみません……また、妄想が……」
そのことを考えたら、途端に顔が熱くなった。
だって、レオさんのさっきの唇の感触がまだ残っているから。
「君は一体なにを想像したんだ?」
「それは…………内緒です」
「騎士好き聖女」ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
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