表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/131

83.ありがとう

 緑色の魔法の鏡の片方を、リックさんがマルクス様に届けてくれることになった。


 この国からトーリへ馬を走らせるのと、馬車で王都に帰るのは、ほぼ同じ時間を要する。


 リックさんと別れた私たちは無事帰国した。

 私とレオさんは、すぐにもう片方の鏡を持って、メラニー様の私室を訪れることにした。



「――ご無沙汰しております。メラニー様。お加減いかがですか?」

「……」


 最初は面会を断られた。けれど、私からメラニー様にお渡ししたいものがあると侍女に伝えてもらうと、入室を許可された。


 メラニー様はベッドの上で身体を起こすかたちで休まれていた。


 私とレオさんが一定の距離を保ってメラニー様に声をかけるも、返事はない。

 やはり元気とは言えないご様子だし、こちらを見ないその横顔も以前より痩せて見える。


「あの、簡潔にお伝えしますね。本日はこちらをお持ちしました」

「……」


 私だけがそっとベッドに近づき、魔法の鏡を差し出す。


「マルクス様のことを想ってみてください」

「……」


〝マルクス様〟という名前に、メラニー様はやっと反応して私に視線を向けた。

 そして細い腕で鏡を受け取り、じっとそれを見つめていたメラニー様の表情が、突然変わった。


『母上……?』

「マルクス……!?」


 鏡から、マルクス様の声が聞こえた。横から私にも一瞬見えたけど、鏡にはマルクス様の顔が映し出されていた。


『母上! ああ……お元気でしたか?』

「貴方こそ……元気でやっているの?」

『僕は……元気ですよ。騎士たちに混ざって毎日トレーニングも頑張っています。どうですか? 少しはたくましく見えるでしょう?』

「ええ……そうね。そうだわ……」


 メラニー様の瞳に涙が滲んでいるように見える。でも、顔色は先ほどよりも確実にいい。


『ですから、母上もしっかり食べてくださいね? 僕は立派になって、必ずそちらに帰りますから』

「ええ……ええ、そうね。貴方がしっかりやっているのだから、私もしっかりしないとね」


 リックさんがなにかを伝えてくれたのか、マルクス様はとてもしっかりしているように感じる。

 本当に頑張っていたらいいなと思う。


 そのまま数分話された後、メラニー様はそっと鏡を胸に抱き、静かに私の名前を呼んだ。


「シベル」

「はい」

「貴女、この鏡を手に入れるためにわざわざ隣国に行っていたの?」

「はい……」


 余計なことだったかしら……。


 勝手なことをしたと、メラニー様の機嫌を損なう可能性を考えなかったわけではない。


 けれど。


「私のためにありがとう」

「……いいえ、メラニー様」


 メラニー様は、私の目を見て、小さく微笑んでくれた。


 久しぶりに、正面からメラニー様のお顔を見た。

 頰が痩け、金色の髪にもいつものような艶がない。


 けれどマルクス様と同じ碧眼は、今にも涙がこぼれそうに潤み、まっすぐ私を見てくれている。


 メラニー様のその表情に、胸の奥がきつく締めつけられるようだった。


「本当にありがとう、シベル……それから、レオも」

「……」


 今度は私の後ろに立っていたレオさんに視線を向けたメラニー様に、私も少しだけ首を捻ってレオさんを見る。


 レオさんははっとして、少し驚いたように目を開いた後、口元に小さく笑みを浮べて軽く礼をした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ