82.おやすみ、シベルちゃん※レオ視点
「俺は先にシベルちゃんを部屋につれていくよ」
「はーい。ごゆっくり~」
〝やっぱりこうなった〟とでも言いたげな顔でにやにやしているヨティたちに見送られる中、俺はシベルちゃんを支えるようにしながら彼女を部屋へと送り届けることにした。
「シベルちゃん、着いたよ」
「はい……ありがとうございまふ……」
俺にもたれかかるようにしながらも自分の足で歩いているシベルちゃんを、彼女が使っている部屋までつれてきて、ベッドに誘導してあげる。
今夜の夕食でとても美味しいワインが出されたので、ついシベルちゃんにも勧めてしまった。
少しくらいなら平気だろうと思ったのだが、飲みやすかったせいか、彼女は予定より多くワインを口にしてしまった。
そして俺の不安通りに顔を赤らめて呂律が回らなくなってきた彼女を、早々に部屋へ帰すことにしたわけだ。
食事は済んでいたし、ヨティたちはトーリにいた頃のように盛り上がっている。
たまにはこうして羽目を外すのも悪くない。
国に帰れば俺たちは、王太子とその護衛として相応しく振る舞わなければならない。
父はそれほど厳しい人ではないが、それでもこのようにみんなで賑やかに食事をするという機会はなかなかあるものではない。
しかしもう十分楽しんだだろうし、シベルちゃんがヨティやリックたちに絡む前に、その場を離れておきたかった。
俺だけになら、構わないのだが。
「今日は疲れただろう? ゆっくり休むといい」
「はい……」
ベッドに腰を下ろすまで手を支えていてやろうと思ったが、目を擦ったシベルちゃんが一瞬俺に視線を向けたと思ったら、突然体当たりするように、勢いよく抱きついてきた。
「うわ……っ!?」
油断していた俺の身体は、仰向けにベッドの上に倒れ込む。
「シベルちゃん……?」
「……」
思いがけず、シベルちゃんに押し倒されてしまった。
これは本来、俺の役目だというのに……いや、そんなことするつもりはもちろんないが。
しかし本当に、シベルちゃんには敵わないな。
「シベルちゃん、俺は自分の部屋に戻るよ?」
「レオしゃん……」
シベルちゃんの腕が俺の腰に巻きついていて、脇腹の辺りに彼女の顔がある。
密着している身体から、シベルちゃんの熱と女性特有のやわらかい感触を受けて、ドキドキと鼓動が速まる。
普段はとても可愛らしく、少女のような愛らしさのある女性だが、もちろんシベルちゃんは立派な大人だ。とても魅力的な、俺の愛しい婚約者だ。
「……」
自由の利く上半身を少し持ち上げて彼女を見つめるが、顔を伏せているせいでその表情を覗うことはできない。だが、シベルちゃんは眠そうな声を出している。このまま眠られると、正直困る。
「シベルちゃん」
だから起こさなければと思い、彼女の肩に手を伸ばして揺するように触れて声をかけた。
「ありがとうございます、レオさん……」
「ん?」
しかし、俺に抱きつきながら呟いたシベルちゃんの声が、先ほどのものと少し変わったような気がして、耳を傾ける。
「レオさんは、お忙しいのに……メラニー様の……いえ、私のために……」
「……シベルちゃん」
言い直した彼女の言葉に、胸の奥がざわついた。
彼女はわかっているんだ。俺が誰のことを想って動いたのかを。この国の王妃のために動いたのではないということを。
その言葉を聞いて返事の代わりに彼女の頭を撫でると、腰に回されていた腕にぎゅっと力を込められ、更に身を寄せてくるシベルちゃん。
「ありがとうございます。本当に……シベルはレオさんと婚約できて、幸せです……」
「俺もだよ。君と婚約できてとても幸せだ」
やはり顔は見えないが、その温もりから彼女の想いが伝わってくる。
本当は彼女の身体をもっと上に持ち上げて、俺の胸の中に抱きしめたい。
だが、シベルちゃんがぎゅっと俺に抱きついていて、離れそうにない。
だからそのまま彼女の頭を優しく撫でながら、しばらくの間二人でベッドに横になっていた(というか俺が押し倒されてしまっているのだが)。
とても静かで、幸せな時間が流れた。
それ以上特に会話は交わされなかったが、こうして一緒にいるだけでとても満たされた気持ちになれる。
このままずっと一緒にいたい。できれば一瞬だって離れたくない。
だからもう、今夜はこのまま俺もここで寝てしまおうか――。
朝起きたときに、シベルちゃんが慌てる姿を想像すると胸がくすぐられ、頰が緩む。
だが、やはりそれはまだ、結婚してからのお楽しみにとっておこう。結婚すれば毎日そうできるのだから。
「――おやすみ、シベルちゃん」
しばらくそのままシベルちゃんの頭を撫で続けていたら、やがて彼女から静かな寝息が聞こえてきた。
起こさないようそっと彼女の下から這い出て布団をかけてやり、その可愛い寝顔を見つめる。
シベルちゃんは聖女だ――。
この寝顔を見ているだけで、とても心が和む。
聖女の力など使わなくても、そこにいてくれるだけでいい。
俺にとっては何ものにも代えがたい、とても大切な存在だ。
最後に前髪の上から額に口づけて、俺は一人静かに部屋を出た。