81.最後の夜
「そろそろ戻ろうか」
「そうですね」
存分に海(と筋肉)を楽しみ、日が傾き始めた頃。私たちはヴァグナー様のところに戻ることにした。
海から上がったヨティさんとリックさん、それからレオさんも、濡れてしまった身体をエルガさんから受け取ったタオルで拭いている。
「……」
つい、そんなレオさんの身体を這うタオルを目で追ってしまう。
……あのタオルになりたい。
先ほどよりはちゃんと見られるようになってきたところで帰るのは少し惜しいので、最後にじっくり観察させてもらおう……。
皆さん本当にたくましくて綺麗な筋肉だけど、少しずつ形も大きさも違うのね……。
「……うーん。勉強になるわ」
「なんの勉強をしているのかな?」
「えっ」
口から漏れていたらしい心の声にレオさんが反応して、私に微笑みかける。
「いえ……! 本当、なんの勉強でしょうね? うふふふふふ……」
リックさんは身長も一番高いし、三人の中では身体も一番大きい。ミルコさんは脱いでいないので比べられないのが少しだけ残念ではあるけれど、筋肉も想像通り……いえ、想像以上にごつごつしている。
ヨティさんは引きしまっていて、三人の中では細いけど、本当に綺麗な筋肉。
そしてレオさんは、ちょうど二人の間くらいで、ごつごつしすぎていないけど、細すぎもしない、私の理想的な身体。
……好き。
「…………」
「……シベルちゃん」
「はっ!」
うっとりと、レオさんの身体にみとれてしまった。
よだれ……!! 大丈夫、出ていないわね。
レオさんに名前を呼ばれてはっとすると、エルガさんが私の肩に触れて後ろを向かされた。
そうか、レオさんたちは着替えるんだわ。一瞬で移動できるからって、あのまま帰るわけではないのよね。
着替えているレオさんたちの衣擦れの音につい聞き耳を立ててしまいながら、ドキドキと胸を高鳴らせて皆さんが着替え終わるのを大人しく待った。
それから再びみんなで手を繋ぎ、ヴァグナー様のお店に一瞬で転移した私たちは、夕食まで各々自由に過ごすことになった。
今夜でヴァグナー様ともお別れ。
最後の夜は、ヴァグナー様がご馳走を用意してくれた。
今日は、いつもは見ない給仕人がいる。
ヴァグナー様の邸宅の使用人らしい。今夜のために呼び寄せたのだとか。やはりヴァグナー様は、大貴族様なのね。
ワインも開けられて、ヨティさんとリックさんは楽しげに飲んでいる。
ヴァグナー様もリックさんと離れるのが寂しいのか、いつもより饒舌になり、今の暮らしのことをリックさんに色々聞いている。
「これはとても美味しいワインだ。シベルちゃんも、少しだけ飲むかい?」
「では、一杯だけ」
私の隣で時折会話に参加していたレオさんが、新しくグラスに注がれた赤ワインを飲んで私にも勧めてくれた。せっかくなので頷くと、使用人が私のグラスにもワインを注いでくれた。
酔って失礼があってはいけないので私はジュースにしていたのだけど、レオさんがいいと言ってくれているのなら、少しくらい……。
「本当、美味しいですね!」
一口飲むと、口当たりのいい爽やかな酸味が広がった。
さすが、きっといいぶどうが採れるのね。
「あ~! シベルちゃんを酔わせてどうするつもりですか!」
「ヨティ、君はすぐ変なことを言うなぁ……別にどうもしない!」
「うふふふふ」
そうですよ、ヨティさん。気をつけなきゃいけないのはレオさんではなく、私なのですから。
でも大丈夫です。今日は海に行ってとてもいいものをたっぷり見たので、お腹いっぱいです。大丈夫です。飢えていないので、私の欲望も大人しくしてくれるはずです。
そんなことを考えながら、この国での最後の夜を楽しんだ。
今回の旅は、本当に、とても楽しい時間だった。
二十個以上の魔石に一週間で聖女の加護を付与するのは大変だったけど、おかげで要領を掴めたとも思う。
それに、あんなに美しい海で、あんなに美しい肉体美を見ることができたし……。
ああ……海は持って帰れないのがとても残念だわ。
そうだわ。国に帰ったら、騎士様用のプールを作ってもらうのはどうかしら……。なんて。





