79.なんて素敵なご褒美でしょう
「……シベルちゃん」
ずっと静かに見守ってくれていたレオさんが、まだ加護の付与を終えていないのに初めて声を出した。
思わずこぼれてしまったように、私の名前を呟いた。
それはなぜかって、なんとなく自分でもわかった。
どう見えているかまではさすがにわからないけれど、レオさんのことを考えていたら、胸の奥から熱いものが湧き上がってきて、とても大きな力が溢れ出たから。
「……はぁ――」
「シベルちゃん、大丈夫か?」
思ったよりも早く、加護の付与が終わった。目を開けて息を吐くと、目の前の魔石が青白い光を放っていた。
これ以上力を送っていたら、石のほうがその力の大きさに耐えられずに壊れていただろうと感じる。
「大丈夫です、ありがとうございます」
目を開けたのと同時に少しよろめいてしまった私の身体をレオさんに支えられて、彼を見上げる。
とても心配そうだけど、驚いているようにも見えるレオさんに微笑んで、私は素直に彼の腕に掴まらせてもらった。
「入るぞ」
すると、ノックとともにヴァグナー様の焦ったような声が耳に響いた。
「大丈夫か!?」
「……? はい、ちょうど今、最後の一つが終わったところです」
「……これはすごいな」
ヴァグナー様とともに、リックさんやミルコさんたちも部屋に入ってくる。
「これ以上の力は、石のほうが耐えきれなかっただろう。しかし、これほどの力を付与して、君の身体は平気なのか?」
「はい……どうやら大丈夫みたいです」
ヴァグナー様は魔石と私を交互に見て、最後に私に心配そうな視線を向けた。
厳しいことを言う方だけど、お優しい方でもあるようだ。そういうところは、なんとなくリックさんに似ている気がする。
「うむ……さすがは聖女様。これがあれば我が国の王都は安泰だろう。ありがとう、まさか本当にすべての魔石に加護を付与してしまうとは思わなかった」
「え?」
すべての魔石に加護を付与しろと言われたはずだけど……。
私ができないと思っていたのかしら? それじゃあ、魔法の鏡は……。
「安心しろ。こちらも鏡は用意した。受け取ってくれ」
「まぁ!」
ヴァグナー様がそう言うと、一緒に来ていたリックさんが綺麗な小箱を机の上に置いた。後ろからミルコさん、ヨティさん、エルガさんも入ってくる。
そしてリックさんが蓋を開けると、中には深い青色に縁取られた手鏡が二つと、緑色に縁取られた手鏡が二つ入っていた。
「……えーっと?」
一つはメラニー様。もう一つはマルクス様。
……あとの二つは?
疑問を抱きながらヴァグナー様に視線を向けると、ふっと優しげに笑って口を開いた。
「まさかすべてに加護が付与されるとは思っていなかったが、君が頑張っていたのは知っていた。だから、勝手に二対用意させてもらったよ。ほんの気持ちだ」
「まぁ! 二対も作ってくださったのですか!」
「ああ」
「二対ともいただいて、本当によろしいのですか?」
「そのために作ったんだ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
レオさんと目を合わせて頷き合って、私たちは素直に二対の魔法の鏡を受け取ることにした。
「それから。せっかく来たのだから、少しでもこの国を観光してくるといい」
続いたヴァグナー様の言葉に、今からどこかに行けるだろうかと一瞬考えたけど、リックさんがヴァグナー様の言葉に頷いた。
「どこがいいか悩んだんですけど、あまり目立ってもいけないし、あそこにしました。とりあえず皆、手を繋いでください」
「?」
いまひとつ状況を理解できていない私はレオさんと目を合わせて首を傾げたけれど、ミルコさんたちはもう理解しているのか、言われた通り手を繋ぎ始めた。
そんなミルコさんたちに促されるように私も右手をレオさんと、左手をリックさんに握られると、「では師匠、いってきます」というリックさんの言葉を聞いた。
その瞬間、ぱっと視界が真っ白になり、思わず目を閉じてしまう。
「……っ」
「もう着きましたよ。目を開けて」
「……?」
リックさんの手が私から離れて、私は右手でレオさんの手を強く握ったままそっと目を開けた。
「まぁ……!」
そんな私の目の前に広がったのは、とても綺麗なブルーの、大きな――
「海……?」
「そう。この国は海が綺麗だからな」
「すごい……っすごいです……!! とても綺麗!! それに、一瞬でこんな場所に移動してしまうなんて……!」
「そうだろ? 師匠が転移魔法の魔石をくれたんだ。帰りの分もあるから、安心していい」
「ありがとうございます、リックさん!」
ヴァグナー様にも、帰ったらよーくお礼を言わなければ。
しかもリックさんの話によると、ここはヴァグナー様が所有しているプライベートビーチらしい。だから、他に人がいない。
ヴァグナー様はきっとすごい方なのだろうなとは思っていたけれど、本当にとてもすごい方なのでしょうね。すごいわ、とにかくすごい!!
「誰も来ないから、好きに遊べますよ。殿下もね」
「……ああ、そうだな。では、少し遊ぶか!」
「やった! そう言ってくれると思って、ちゃんと殿下の分もこれ、借りてきましたよ!」
「ん?」
ヨティさんがそう言ってレオさんに差し出したのは、短い丈の穿き物。下穿きのようにも見えるけど、それよりはしっかりとした生地。
「海水用の穿き物っすよ! これに着替えて、遊びましょう!」
「なるほどな……。準備がいいなぁ」
苦笑いしながらもそれを受け取るレオさんたちを見つめていると、ヨティさんがそんな私に構わず服を脱ぎ始めた。
「!!?」
「あ……、さすがにシベルちゃんの分はないけど……いいっすか?」
私の視線に気づいて、上半身裸のヨティさんが申し訳なさそうに言った。
ヨティさんは細く見えるのに、やっぱりとても綺麗な体躯をしている……!
「いえ!! 私は皆さんが遊んでいるところを見ているだけで、とても楽しいので!!」
「……そう言うと思った」
慌てて手を前に出して振りながらそう言った私の後ろで、リックさんが小さく笑いながら呟いた声が聞こえる。
それにしてもみんなで水遊びができるとは……
なんて素敵なご褒美なのかしら。
「シベル……」
「あっ、はい……! すみません……!!」
そしていつまでもヨティさんや、これから服を脱ぐはずのレオさんたちを見つめていたら、エルガさんに腕を引かれた。
下を穿き替えるのだから、さすがにこのまま見ていていいはずがないわよね。