77.シベルちゃんは国のもの※レオ視点
毎日部屋に籠もって魔石に聖女の加護を付与しているシベルちゃんの気分転換になればいいと、彼女を外に誘い出した。
表通りを抜けると露店がたくさん出ていて、その中でフルーツキャンディを見たシベルちゃんが目を輝かせた。
確かにこれは可愛らしい見た目をした甘い食べ物だから、シベルちゃんは好きだろう。
我が国にもあるものだが、シベルちゃんは初めて見たらしい。
〝可愛くて甘くて美味しい〟と喜んでいるシベルちゃんを見て、〝君のほうが可愛くて甘いよ〟などという言葉が浮かんだが、それは呑み込んでおいた。
思えば俺が立太子してシベルちゃんが真の聖女として認められてから、なにかとばたばたしていて、ゆっくりデートもできていない。
この国ではシベルちゃんが聖女であることを知っている者はいないし、俺が隣国の王子であることも知られていない。
こうして平民の格好をしていれば、俺たちは普通の恋人同士に見えるはずだ。
せっかくの婚前旅行なのだから、少しくらい二人きりでデートを楽しみたい。
途中、リックの知り合いの女性にシベルちゃんが絡まれてしまったが、ひどい言い方をされたというのに、相変わらずシベルちゃんは怒ることなく、笑って流していた。
昨日はリックが〝もっと怒れよ〟と言っていたが、その気持ちもわかる。
しかし、それがシベルちゃんのいいところなのだ。
彼女が相手にしているものはもっと大きなものだから、あんな小さな嫉妬にはいちいち構わないのだろうな。
……それにしても、リックがシベルちゃんを愛おしげに見つめていたとは……。
それはあながち、間違ってはいないのだろう。
リックがシベルちゃんに特別な感情を抱いているのは、なんとなくわかる。
それは聖女であるシベルちゃんへの強い忠誠心でもあるのだろうが……それだけではないような気がしてならない。
リックは俺にも忠義を誓ってくれている。だから間違ったことはしないと信じているが……あのような話を聞くと少し妬ける。
だからつい、帰るのが遅くなってしまうというのに、シベルちゃんを引き止めてしまった。
帰ればリックがいるからな。
「見てください、レオさん。綺麗なお花が咲いています」
「本当だ」
表通りから少し外れた道を進むと、小さな公園があった。
人も少なかったのでその公園に入りベンチで休もうと思ったら、公園に咲いていた花を見てシベルちゃんが笑顔を咲かせた。
「可愛いですね! これはなんのお花でしょう」
「なんだろう。少し摘んでいこうか?」
「いいえ。摘んでしまってはかわいそうなので、ここでしっかり見ていきます!」
「そうか、シベルちゃんは優しいなぁ」
シベルちゃんは本当に、聖女だ。花の命まで重んじるとはな。
そんなシベルちゃんはトーリにいた頃から騎士のみんなに好かれていたし、あのリックがシベルちゃんにだけ特別な表情を見せるというのも、頷ける。
だが、だからこそ、時々無性にシベルちゃんを独り占めしたくなってしまう。
聖女は国のためにあるべきで、たとえ俺の婚約者で俺と結婚したとしても、シベルちゃんは俺のものではなく、国のものだ。
王太子妃である前に、国の大切な聖女なのだ。
王太子として、それは理解しているつもりだ。
「……シベルちゃん」
「! レ、レオさん……?」
だが今は、やはり恋人同士の婚前旅行として、彼女との時間を楽しみたい。
だから花を見てはしゃいでいるシベルちゃんを後ろから強く抱きしめると、途端に彼女の身体は硬くなる。
「好きだよ」
「……わ、私も……! 好きです、レオさん」
「嬉しい」
「……レオさん?」
俺が今なにを考えているかなんて、きっとシベルちゃんはわからないんだろうな……。
だが男としてとても小さいこの嫉妬心は、彼女に伝わらなくていい。
そう思いつつそっとシベルちゃんの顔を覗き込み、振り返ってくれた彼女の唇に自分の唇を重ねた。