76.へぇ……リックが。
「あ、リックさんの……」
ご友人……ではないと、リックさんは言っていたっけ。
「あなた、リック様という相手がいるくせに、あの黒髪の人とも付き合っているわけ?」
「え?」
「彼もなかなかハンサムじゃない。かわいそうよ、あなたにはリック様がいるんだから、他の男を弄ぶのはやめたら?」
その中の一人の女性が、私に鋭い視線を向けて言った。なんだか怒っているみたい。
「……レオさんは私の婚約者です」
これは言ってもいいわよね? 私が聖女だということも、レオさんが王子様であることも、この方たちは知らないのだから。問題ないはず!
「はぁ!? 婚約者って……それじゃあ、婚約者がいるのにリック様と寝たの!?」
「え?」
私はリックさんと寝たことなんてないけど……。あっ、リックさんが私の寝顔のことを言ったから、誤解されてしまったのね。
「あの、そもそも私、リックさんとは――」
「最低! こんな大人しそうな顔をして、とんでもない女ね!!」
「本当! リック様を弄んだあげく、あんな素敵な婚約者のことまで裏切るなんて……!!」
「信じられない!!」
私の話を聞かず、大きな声で言いたいことを言ってくる女性たちに、一瞬圧倒されてしまう。
「いえ、ですから私は、リックさんとは――」
「シベルちゃん?」
今度はレオさんが私を呼ぶ声で言葉が遮られた。飲み物を買って、戻ってきてくれたみたい。
「どうしたの? 彼女たちは?」
「この方たちはリックさんの……」
ご友人ではなくて、えっと……どんな関係なのかしら?
そう思って言葉を詰まらせた私に、先ほどから真ん中で怒っている女性が声を張り上げて、レオさんにずいっと一歩近づいた。
「あなた、この人の婚約者なのですか!?」
「ああ、そうだが。彼女がなにか?」
女性はとても興奮しているようだけど、レオさんは冷静に言葉を返す。
「こんなに素敵な婚約者がいるというのに……。あなたはこの人とリック様の関係、知っているのですか!?」
「……どういう関係なのかな」
まぁ……、まぁ。
リックさんは私の護衛よ。それ以上でも以下でもないけれど、それを伝えたら私は何者なのかって話になるわよね。でもレオさんにまで誤解されては大変だわ。
「この人、あなたという婚約者がいながらリック様と寝ているのですよ!? 本当に信じられないわ!」
「え?」
……やっぱり、そんな誤解をしていたのね。
「それは確かに信じられないな」
「そうでしょう!? でも本当です! リック様がおっしゃっていたのですから!」
「へぇ……リックが」
「あの口ぶりは嘘ではなかったわよね?」
「ええ、私たちはリック様のことをずっと前から知っていますが、リック様が女性をあんなに愛おしげに見つめたのは初めてでしたわ!」
「リックが、シベルちゃんを愛おしげに」
「そうよ! 婚約者がいるくせにリック様を弄ぶなんて、本当に酷い女!」
レオさんはきっと、こんな話信じないと思うけど。
でも聞いていて気持ちのいいものではないと思う。
「あの、先ほどから一方的にお話しされていますけど、皆さん誤解していますよ?」
「なにが誤解よ! 婚約者の前だからって慌てても無駄よ!」
「レオさんの前でも、そうじゃなくても、私とリックさんはそのような関係ではないです」
「でも、リック様が……!」
「この国へ来るとき、馬車の中で眠ってしまって……そのときに寝顔を見られてしまったのでしょう。リックさんは私の向かいに座っていて、私の隣にはレオさんがいました」
「そうだな」
「えっ!?」
私は今回の旅でもまた、レオさんの肩を枕にして眠ってしまった。
申し訳ないという気持ちと、気持ちがいいという気持ちが戦うのだけど……。レオさんは快く肩を貸してくれる。
「なによ、それ……それだけなはずないわ! だってリック様のあの態度……!」
未だ納得がいかないというような顔をしている女性たちに、レオさんが口を開く。
「それはそうだろうな。あなたたちのように、人の気持ちも考えず、こうだと決めつけて一方的に言いたいことをぶつけてくるような女性に……リックが優しくするとは思えない」
「な……っ!?」
「案外、あなたたちが気づいていないだけで、リックはシベルちゃん以外にも優しくする相手はいるかもしれないぞ?」
「そんな……、そんな相手、見たことないわよ……」
女性たちはまだ腑に落ちていない様子だったけど、一人が「行きましょう」と言うと、怒っていた女性は最後に私を睨みつけて行ってしまった。
「すまない、シベルちゃんを一人にしてしまったせいで」
「いいえ、大丈夫です。少し誤解されていたみたいですけど、レオさんのおかげでわかってもらえました」
「……うん。そうだ、君の好きな蜂蜜レモンのドリンクが売っていたよ。もちろん、蜂蜜多めだ」
「わぁ! ありがとうございます!」
気を取り直してレオさんから飲み物を受け取り、甘酸っぱい蜂蜜レモンを美味しくいただいていると、レオさんが小さな声で呟いた。
「……リックがシベルちゃんを愛おしげに見つめていた……か」
「え?」
「もう少しどこかに寄っていこうか」
「……ですが、そろそろ戻ったほうが」
とても爽やかな笑顔でそう言ったレオさんに頷きそうになるけれど、そろそろ戻って魔石に加護を付与しなければ、期日までに終わらなくなってしまう。
「シベルちゃんは、幸せだと力がより発揮されるんだよね?」
「はい」
「シベルちゃんは、俺のことが好き?」
「はい! とても好きです!」
「それでは、もう少し二人きりで過ごそう?」
「……はい」
格好いいレオさんに至近距離で見つめられてしまえば、私の心はきゅんと締めつけられ、溶けていく。
だからやっぱり私は、こくりと頷いたのだった。