70.リックさんすごいです!
「終わったのか?」
「はい。レオさんは今、飲み物を取りに行ってくれています」
「大丈夫か? 無理しすぎて立てなくなったのか?」
私の護衛であるリックさんは心配そうな顔をしてこちらに近づいてきた。その言葉は、残念ながら否定できない。
立てないというほどではないけれど、少し座っていたいのは確か。
「それにしても王太子自ら飲み物を取りにね……。誰かを呼べばいいのに。本当にすごいよな、あの人は。マルクスでは考えられない」
「……そうですね」
私のすぐ前に立って顔色を窺ってから、リックさんは大丈夫だと判断してくれたようで小さく息を吐きながら呟くように言った。
「まぁ、誰かを呼んだら二人きりでいられないからな」
「え?」
レオさんは私と二人きりでいたいから、誰にも頼まなかったの? そうなの?
そんなの、いつでも喜んで二人きりになるのに。というか、レオさんとはわりと二人きりの時間が多いと思うんだけど。
「よかったよな。レオポルト殿下が王太子になれて」
「そうですね」
リックさんは、私やヨティさんしかいないときは素の態度を出す。レオさんやミルコさんがいるときは、もう少しだけちゃんとしているけど。
私の前では素を出してくれているのだと思えば私はむしろそのほうがいいので、構わないと伝えている。
「本当に、あの人はシベルのことが大切なんだなって、見ていたらわかるよな」
「……」
それはちょっと……、いやかなり、嬉しい。
「そう見えますか……?」
口元がにやけてしまいそうになるのを堪えて、平静を装い更に聞いてみる。
「ああ。見ていて妬けるくらいだぜ。まぁ、こんなこと本人には言えないがな」
「? ……どういう意味ですか?」
どうしてリックさんが妬けるのだろうかと首を傾げた私の質問には答えずに、彼は机の上に置いてある魔石を手に取った。
「……すごいな。今日は四つも魔石に加護を付与したのか」
「ふふ、さすがに少し疲れました」
「そうだろう。いきなり無理をしすぎだ」
「でも平気です。今日はもう休みますし」
リックさんは言葉遣いは荒いけど、こんなふうに私を心配してくれる、いい護衛騎士様だ。
それに、もちろん公の場では立場をわきまえた言動をするし、誤解されやすいところもあるけれど、こう見えてとても真面目な方。レオさんと私に忠誠を誓ってくれてもいる。
「頑張るのはいいが、レオポルト殿下にあまり心配をかけるなよ?」
「気をつけます」
「ちょっと手を出してみろ」
「?」
椅子に座っている私の正面に立っているリックさんに、言われるまま両手を差し出した。するとリックさんがその上に自分の手のひらを合わせてきた。
「……」
「リックさん?」
リックさんは真剣な表情で静かに目を閉じ、なにかに集中している様子。
その顔をじっと見つめてみる。
真っ赤な前髪が、整った顔の前で少しだけ揺れた。
「……――」
なにをしているのだろうと思っていると、リックさんの手のひらからあたたかいものが流れ込んでくるのを感じた。
これは、なんだろうか。
あたたかいものが身体の中に溶け込んで、巡っていく感覚。
それと同時に、疲労が薄れていく。
「……俺の魔力を分けた。うまくいったか?」
「魔力を? リックさんすごいです……! そうですね、確かに力が戻った気がします!」
目を開けて手を離したリックさんを前に、私も立ち上がってみる。
先ほどまでのようなだるさや疲労感はない。
「そうだろう。まぁ、聖女の加護を付与するのはシベルにしかできないが、魔力を分けてやることは俺にもできるから――って、なにしてんだ、お前」
元気になったので、もう一ついける気がしてきた私は、まだ付与が終わっていない魔石の入った箱に手を伸ばした。
「元気になったので、もう一つやってしまおうと思いまして!」
「待て待て待て! それじゃあ意味がないだろう? 俺の魔力だって無限じゃないんだ。魔力を分けてやるのはいいが、だからって延々とやられたら俺の魔力までなくなってしまう。そうなったら回復するのに時間がかかって、シベルの護衛ができなくなるだろう?」
「……そうですね。リックさんの魔力をすべて奪うのはよくないです」
「そうだ。だからどっちみち今日は終わりだ。身体もゆっくり休めろ」
「はい」
調子に乗ってしまうところだったわ、と反省していた私の耳に、「シベルちゃん」というレオさんの静かな声が届く。
リックさんがやってきたとき、この部屋の扉は開けられたままになっていたのだ。