69.魔石に加護を付与します
「ふぅ、できた……!」
「お疲れ様。それでは休もうか」
「はい」
翌日から始まった、ヴァグナー様が用意した魔石に聖女の加護を付与していく作業は、この建物の一室を借りて行っている。
私が集中できるようにと、基本的に付き添いはレオさんだけで、たまにリックさんやミルコさんたちが入れ替わりで様子を見に来てくれる。
私もこの部屋に籠もりきりというわけではなく、食事は皆さんと食堂で食べるし、隣の部屋でソファに座ってゆっくり休憩もしている。
本日三つ目の魔石に聖女の加護を付与し終えたところでレオさんが休憩しようと声をかけてくれたので、隣の部屋に移動することにした。
「お疲れ様」
「ありがとうございます、エルガさん」
隣の部屋にはエルガさんとミルコさんとヨティさんがいた。リックさんはヴァグナー様のところにいるらしい。
ソファに座り、エルガさんが淹れてくれたお茶を皆でいただいて、ふぅと一息つく。
「調子はどう?」
「はい、順調です。……と言っても、まだ小さいものから行っているのですけど」
ミルコさんの問いかけに、私は小さく笑って答えた。
魔石が大きければ大きいほど、加護を付与するのに力を多く使う。もちろん、その分効果も大きくなるのだけど、まずは小さなものから加護を付与していき、数を減らす作戦だ。……個人的な作戦だけど。
「休み休み行っているが、シベルちゃんの集中力はすごいよ。それに、同じ部屋にずっといると、俺まで力をもらっている気がする」
「まぁ、本当ですか?」
「ああ。今ならなんでもできそうだ。だから頼みたいことがあったらなんでも遠慮なく言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
レオさんにそう言われて、ふと考えてみる。
レオさんに頼みたいこと……。
この国は私たちの国より少し暑いけど、喉が渇いたらすぐにお水を用意してくれるし、部屋の温度調整にも気を遣ってくれている。
だからこれ以上は特に頼みたいことなんてないわ。
それより少しでも早く終わらせて、一緒にどこかへ出かけられたら嬉しい。
……よし!
「それでは、私はそろそろ戻りますね」
「まだやるつもりかい?」
「はい!」
カップに入っていた紅茶を飲み干して、エルガさんに「ごちそうさまでした」と言って立ち上がった私に、レオさんが困ったような声で言った。
「少し無理をしすぎじゃないか? 初日なのだし、今日はもう十分だ」
「ですが……」
少しでも頑張っておきたい。もしすべて終わらなくて魔法の鏡を手に入れることができなくなるのは困るし、聖女の加護を付与できるのは私だけなのだから。私が頑張らなければならないのだ。
それに、私はまだ元気だし。
「確かに、一日に三個以上の魔石に加護を付与したことはないっすよね。無理はよくないっすよ」
同じように紅茶を飲みながら話を聞いていたヨティさんまで、そう続けた。
「では、あと一つだけ。あと一つだけ加護を付与したら、今日は終わりにします!」
「……わかった」
なんとか頷いてくれたレオさんと一緒に、私は再び部屋を移動する。
この部屋はリックさんも魔法の練習に使っていたと言っていたけれど、ヴァグナー様が特殊な魔法をかけていて、外に力が漏れ出さないようにできているらしい。
どうやっているのかわからないけど、ヴァグナー様はすごい魔導師様なのだ。すごい筋肉だし。リックさんが「師匠」と呼んで慕うのもよくわかる。私も弟子入りしたい……!
箱の中から小さめの魔石を取り出し、机の上に置く。それでも小さいものから片付けていたので、今日一番大きなものだけど。
だけど、自分の国ではもっと大きな魔石に加護を付与したこともある。だから大丈夫!
魔石に意識を集中させて目を閉じ、胸の前で手を組み、祈る。
――どうかこの国の人々をお守りください。皆が平和に暮らせますように。
本当はもっと具体的な〝なにか〟を思い浮かべたほうが早く、そしてうまくいくのはわかっている。
たとえばレオさんにプレゼントした魔石のペンダントや、エルガさんのお祖母様の形見である魔石の置物に加護を付与したときは、とても自然に行えた。
それは具体的な対象物があったからだ。
レオさんを守りたい。エルガさんたちが残るトーリの地を守りたい。
そういう思いが強ければ強いほど、より大きな効果が得られる。
だから、具体的な対象が想像できない、今回のような付与は、いつもより時間がかかってしまうのだ。
まったく知らない土地だから、自国の各地のために付与するときよりも、更に。
それでも真剣に行った。手は抜けない。いくら他国のためでも、そのせいで誰かが犠牲になったら、私は聖女失格だ。
「できました――」
「シベルちゃん、大丈夫?」
どれくらいかかっただろうか。
魔石に加護を付与し終わったのを感じて目を開け、ふぅーと息を吐きながら力を抜くと、レオさんがすぐに心配そうな声を出し、私の肩を支えるように手を伸ばしてくれた。
「すみません、今日はここまでにします」
「そうだね。座って休んでいて。今飲み物を持ってくるから」
「ありがとうございます」
レオさんは私を椅子に座らせると、部屋を出ていった。
それにしても、王太子であるレオさんを使うなんて、私ったらとんでもない女よね……。
そんなことを考えて申し訳ない気持ちでいたら、案外早く扉がノックされた。
「はい」
レオさん、随分早いのね。
「あ……、シベル一人か」
「リックさん」
けれど、扉を開けて入ってきたのは、レオさんではなくリックさんだった。