63.これ以上煽らないでくれ
眉を寄せた険しい表情に、真剣な声。やっぱり、レオさんは怒っているのかもしれない。
レオさんがこんな顔を私に見せるのは珍しい。
だけど……そんな表情も、格好いい……!!
だからつい、ぽうっとレオさんにみとれていたら、そんな私をじっと見つめていたレオさんが、はぁ、と息を吐いて言った。
「俺だって大好きなシベルちゃんと同じベッドで寝ることに緊張も興奮もしないはずがないだろう?」
「え……? レオさんが、緊張? 興奮?」
「……そうだよ」
「私に……? レオさんが緊張して興奮しているのですか?」
「う、うん……」
「私がレオさんをそういう目で見ているから、怒ってしまったのではないのですか?」
「怒る? まさか。シベルちゃんがそういう目で俺を見てくれたのならとても嬉しいが……しかし」
ああ……神様……。
今、一瞬目眩がしました。
ありがとうございます。
嘘でもお世辞でもレオさんにそう言っていただけるなんて、シベルは女に生まれてよかったです。
「シベルちゃん? 聞いてる?」
「はい、ありがとうございます」
「えっ? ありがとう?」
「煮るなり焼くなり、レオさんのお好きなようにしてください……どうなろうと、シベルは本望です」
「……なっ、なにを言ってるんだ、君は! その意味がわかっていて言っているのか!?」
「え……?」
ふわふわとした、幸せな気持ちでいたら、レオさんがとても焦ったように声を張り上げた。
私ったら、また途中から聞いていなかったのかしら。
そんな私を見て、はぁ、と深く息を吐いたレオさんが私の肩に手を置いた。
呆れてしまったのかと、焦ってレオさんを見上げたけれど――。
「…………――」
「……俺が言っているのは、こういうことをしたいということだぞ?」
「…………まぁ」
まっすぐに落ちてきたレオさんの唇が、私の唇に重なった。
……のよね? 今。たぶん。
つまり、レオさんは私とキスしたいってこと……?
いえ……今、もうしたのよね……?
軽く触れただけですぐに離れてしまったから、なにかの間違いかもしれない。私の勘違い? 妄想?
でも、すぐ目の前にレオさんの顔がある。唇がある。今も。本当にすぐ、そこに。
「……シベルちゃん?」
「今……っ! い、今、レオさんの唇が……!!」
「……」
一瞬固まってしまった私だけど、それを確認しようと声を出したら、予想以上に大きな声が出てしまった。それに、変に裏返った。
「すまない、許可もなくいきなり……失礼だったな」
「もう一度お願いします!!」
「…………え?」
だって、一瞬すぎてよくわからなかったんだもの。今度はよ~く噛みしめます!!
なのでぜひ、もう一度お願いします……!!
目が合っていたら恥ずかしいから、まぶたを下ろした。確か口づけをするときって、そういうマナーがあるんじゃなかったかしら? したことないから知らないけど。
でも緊張と興奮で心臓はうるさいくらいドキドキ言っているし、つい力が入って両手をぎゅっと握ってしまう。
「……っ!」
そしたら、何も言わないレオさんの手が、もう一度私の肩に乗った。
レオさんの顔が近づいてくる気配がする。
レオさんは今、どんな顔で私に口づけようとしているのだろうか。
……見たい。
って、駄目よ。口づける寸前に突然目を開けるなんて、さすがにそれはレディとして無作法だわ。
だからうずうずしてしまう気持ちを抑えて大人しく目を閉じている私の額に、ちゅっという甘い音とともにやわらかな感触を受けて、反射的に目を開けてしまった。
「……え? あれ……?」
レオさん、そこじゃないです。
いえ、そこでも嬉しいんですけど、今期待していたのはそこではなくて――。
そう思って首を傾げた私に、レオさんは頰を染めて口を開いた。
「今日はもう、寝よう」
「ですが……っ」
「シベルちゃんが可愛すぎて本当に止まらなくなってしまいそうだ。だから今日はもう寝よう」
「いいですよ? 止まらなくても」
「……君はその意味をわかっていない!」
「わかっていま――」
〝す〟を、まだ言う前に、もう一度レオさんの手が私の肩に乗った。
そして何が起きたのか理解する前に、レオさんの手が私の頭を支えていて、まるで流れるようにベッドに寝かされていた。
「…………れお、さん」
仰向けに横たわった私の上に、レオさんが覆い被さっている。
とても一瞬の出来事だった。
一瞬で私はレオさんに組み敷かれて、動きを封じられたのだ。
頬を赤くさせて、少しだけ息を荒らげて、色気のある表情でまっすぐに私を見つめているレオさん。
胸が早鐘のようにドキドキと大きく脈打つ。
「……すまない、寝よう」
「…………はい」
少し本気を出したら、元騎士団長であるレオさんに敵う人なんていないのではないだろうか。そう思った。
怖かったわけではないけれど、レオさんが私の前であんなに隙のない動きをするのは初めてだったから、とても胸がドキドキする。
「……」
「すまない、怖い思いをさせてしまったな。しかし、俺が言っている意味を少しはわかってくれただろうか? これ以上煽られると、俺は君に手を出してしまいそうだ」
「……まぁ」
すぐに私の上から退いて人一人分ほどの距離を取るレオさんを、私は身体を起こして視線で追った。
手を出すというのは……具体的にはどういうことでしょうか――?
「だが今日はもうなにもしないから、安心して眠ってほし――って、シベルちゃん!?」
先ほどよりも少しはだけた、たくましい胸元を見ながらそれを想像して、私はくらりと目眩を起こし、ばたりとベッドに頭を預けた。
レオさん、やるときはやる男の巻
感想めっちゃ嬉しいですありがとうございます( ;ᵕ;)
次回、マルクスは今。