62.俺は男だよ?
お風呂から上がったら、使用人がとてもいい匂いのするオイルを使って、丁寧に身体をマッサージしてくれた。
ディアヌ様はいつもこのような手入れを受けているのだろうか。道理でお肌がつるつるなわけだ。
そういうわけで時間がかかってしまった私よりレオさんのほうが先に上がってきていたみたいで、私たちが広間に戻ると、レオさんはゆったりとソファに座って手に持っている氷の入ったグラスをカラカラと回していた。
中身はたぶん、お酒ね。
「すみません、レオさん。お待たせしまし――」
そこまで言ったところでこっちを向いたレオさんの姿に、私は思わず息を詰まらせる。
「ああ、おかえり。シベルちゃん」
「…………っ!!」
そんな……! なんということでしょう……!!
お風呂上がりのレオさん……! いつもより前髪がさらりと垂れていて、無防備……! しかも、膝下丈のナイトガウンからは、たくましいふくらはぎも胸板も見えちゃってるんですけど……! もしかして、着ているのはそれ一枚だけですか!?
ああ……、なんてセクシーなのでしょう。
なんという破壊力なのでしょう……!!
シベルは、今更のぼせてきました……。
「それじゃあ、レオ。貴方の部屋にシベルちゃんの枕も用意させたから、今夜はもうゆっくり休んでね」
「え?」
「まぁ! お気遣いありがとうございます!」
今日はこのまま別邸であるこちらに泊まっていく予定になっていた。
だけど、まさか今夜はレオさんのお部屋で寝られるなんて……! とんでもなく嬉しい!!
ディアヌ様の言葉に私は興奮気味に頷いたけど、レオさんが不思議そうに声を出した気がする。
「ちょっと待ってくれ、シベルちゃんの部屋は別で用意してくれているんじゃないのか?」
「いいえ。貴方の部屋よ?」
「なに!?」
何か問題ある? とでも言いたげにあっさりと答えたディアヌ様に、レオさんは高い声を上げた。
「待ってくれ、母上……! 俺たちはまだ結婚していない――!」
「いいじゃない、どうせもうすぐ結婚するんだから。ねぇ、シベルちゃん」
「はい! 私は全然構いませんよ! むしろとても喜ばしいことです! あ、もちろん変なことは考えておりません……!!」
「……シベルちゃん、それは本来俺の言葉なのだが……」
レオさんとは以前同じテントで寝た仲だ。それにディアヌ様の言う通り、私たちはもうじき結婚する。何も問題ない!! もちろん、やましいことなんて考えてませんよ!!
そう思いながらも、ついレオさんのたくましい胸元にちらちらと目線がいってしまう私。
「レオ。女性がこう言っているのに、断るわけないわよね? どっちみち他の部屋は用意していないから、今夜は一緒にレオの部屋を使ってね」
「…………わかった」
レオさんは渋々頷いたように見えたけど、もしかして私と同じ部屋なんて、嫌なのかしら?
ちょっとはしゃぎすぎてしまった。いけないわ、シベル。いくらレオさんが私の趣味を理解してくれているとはいえ、あまり調子に乗っては駄目よ。
内心では飛び上がってしまいたい気持ちを抑えて、ここは淑女らしく大人しくしていることにする。
レオさんも特になにも言わないので、私たちは静かにレオさんのお部屋に向かった。
「……やはりベッドも一緒か」
「……!」
けれどベッドを見つめながらそう呟いたレオさんの隣で、私は内心叫び出したい気持ちになりながらも、その気持ちを静かに呑み込んだ。
レオさんの部屋には一つしかベッドがない。けれど、枕は二つ置いてある。
レオさんと同じベッド……!
レオさんと、同じベッド……!!
さすがに、これはちょっと……鼻血が出るかもしれない……!!
以前野営をして同じテントで寝たときはミルコさんもいたし、布団は別々だった。
そもそも長距離の移動に慣れていない私は情けなくも、先にぐっすり寝てしまうというなんとももったいないことをしているのだけど。
でも今日は……! まだ元気! それに、一枚の布団をレオさんと一緒に……!!
やっぱり興奮してしまうけど、レオさんのベッドはとても大きいから、きっと大丈夫。身体が触れ合うこともないかもしれない……。
ああ……でもこれは、ついベッドを転がってレオさんの胸に飛び込んでしまっても、仕方ない……? 不可抗力になる? 自然にくっついちゃったりすることも、あるかもしれない?
「……シベルちゃん、息が荒いよ」
「えっ!? す、すみません……! ちょっと興ふ……いえ、緊張して……!」
「やはり部屋を変えてもらおうか?」
「いいえそんな! もったいない!!」
「……え」
「あ……いえ、今からお部屋を用意してもらうのも悪いですしね?」
「そうか……」
レオさんの表情が硬い。
レオさん、もしかして引いてる……?
いけないわ。シベル。少し落ち着きなさい。貴女は妃教育を受けた淑女でしょう?
自分にそう言い聞かせて、にこりと淑やかに微笑む。
「すみません、私ったらつい舞い上がってしまいました……。だって大好きなレオさんと一晩中一緒にいられるのですから。でも、反省して大人しく寝ます。大丈夫です、国宝級のレオさんのお身体を穢すようなことはいたしませんので、どうか安心してお休みください」
先ほどからまったく笑っていないレオさんに、さすがに温度差を感じて私も本当に反省する。
お願いです……嫌いにならないでください……!
「あのねぇ、シベルちゃん」
「はい」
けれど、はぁ、と短く息を吐いたレオさんが私のほうを向いたので、本気で怒らせてしまったのだろうかと気を引きしめて向き合った。
「君はさっきから自分ばかり興奮していると思っているようだけど、俺は男だよ?」
「はい、もちろん存じております。レオさんはとてもたくましくて男らしい方ですから」
反省しているのが伝わるように視線を下げて、少し頭も低くする。
「いや、君はわかってない」
「……レオ、さん……?」
けれど、レオさんの低い声が頭上から落ちてきたと思ったのと同時に、顎を捕らえられて顔を上げさせられた。
続きます……!次回、レオ、やる時はやる男の巻。





