60.目を閉じてくれる?
……ここが、レオさんがずっと過ごしてきたお部屋……!!
「ああ……しあわせ……」
「え? なにか言ったかい?」
「いいえ……! その、落ち着いたお部屋ですね」
深呼吸して幸せに酔いしれていた私の口から、心の声が漏れてしまった。
レオさんにははっきり聞かれなかったようなので慌てて背筋を伸ばし、しゃんとする。
「どうぞ座って」
「ありがとうございます」
大きなソファに座るよう促された私は、レオさんと並んで腰を下ろした。
それでもつい、きょろきょろと部屋の中に視線を彷徨わせてしまう。
お城で使っているお部屋のほうが広くて高価な調度品が多い気がするけれど、こちらのお部屋も、別邸なのに十分立派だ。
さすがは第一王子様……。
「なにか気になるものでもあるかな?」
「あ……いいえ。じろじろとすみません。ここでレオさんが幼少期を過ごされていたのかと思うと、つい……」
「ああ、そういうことか。どうぞ、満足いくまで見てもらって構わないよ」
落ち着かない私に、レオさんは優しくそう言ってくれた。
そうですか? では遠慮なく……。
と言って立ち上がってじっくり部屋を見て回りたい気もするけど、私だってそこまで失礼な女じゃないわ。大丈夫、我慢するのよ、シベル……。
「まぁ、ここはたまに帰ってきても寝るだけだったからな。それにもう何年も帰っていなかったし」
「そうなのですね」
そもそも王都に戻って日が浅いから、どちらのお部屋もあまり生活感がない。
トーリの寮でレオさんが使っていたお部屋はもっと狭かったけど、レオさんが寝泊まりをして過ごしているというのがもっとわかるお部屋だった。
脱いだ服が置いたままになっているということも今はないのが、ちょっと残念だったりする……。なんて。
「だが、やはりここは落ち着くな」
そう言ってはにかんで笑うレオさんは、本当にいつもより穏やかな顔をしているように見える。きっとまだ、王太子としてお城にいることに慣れていないのだと思う。
トーリにいた頃よりもレオさんが気を張っているということは、なんとなくわかる。
「今日は全部忘れて、ゆっくりしちゃいましょう。ディアヌ様も気楽にしてとおっしゃってくれていましたし!」
「シベルちゃん……」
王太子だって人間なのだ。いつでも気を張っていては疲れてしまうに決まってる。だから適度に息抜きをしたり気を抜いたりすることも必要だと思う。それでこそ、いい仕事ができるというものだ。
「またシベルちゃんに励まされてしまった」
「すみません。私が気を抜きすぎていたら、教えてください」
「いや。本当に聖女がシベルちゃんでよかった。君と結婚できることが……君の存在が、俺のなによりの癒やしだよ」
「まぁ」
そう言って私の身体をぎゅっと抱きしめてきたレオさんの背中に、私もそっと腕を回す。
私もこの瞬間がなによりの癒やしです……。ああ……レオさん……相変わらずたくましい胸筋……。そしていい匂い……。
「シベルちゃん」
「……?」
そっと名前を囁かれてレオさんを見上げると、とても近い距離にレオさんの顔があって、私に優しい眼差しを向けていた。
そしてサイドの髪に触れ、そっと耳にかけられると、そのまま撫でるようにレオさんの手が私の頰に添えられた。
至近距離で見るレオさんの瞳は本当に綺麗で、吸い込まれてしまいそうになる。
「シベルちゃん」
「……レオさん」
髪の色も素敵だし、眉も凜々しくて、目鼻立ちがはっきりしていて、バランスも整っていて……レオさんって本当に格好いい……。性格を知っているから、余計そう見えるのだ。
「……シベルちゃん」
「レオさん……」
そんなことを考えながらじーっとレオさんを見つめる私の名前を、何度も呼ぶレオさん。
「…………シベル、ちゃん?」
「はい、レオさん」
けれど、名前を呼ぶだけでそれ以上なにも言わないレオさんに、少しだけ疑問を抱いたとき、今度はレオさんもなぜだか不思議そうに私を呼んだ。
「……その……」
「はい」
「……なんというか……」
「はい」
そして何か言いたげにパクパクと口を動かしているレオさんのお話を聞こうと真剣に見つめれば、次第にレオさんの頰が赤く染まっていった。
「……その…………目を閉じてほしいというか……」
「目?」
目を閉じる? どうしてかしら。
「いや……やっぱりなんでもない」
「レオさん。どうしたのですか? なにか言いたいことがあるのでしたら、なんでも言ってください! とりあえず目を閉じたらいいのですね」
「いや、もういいから」
言われた通り、早速目を閉じてみる。けれどすぐに否定するレオさんに、私は目を開けて首を傾げた。
「……私はレオさんのお言葉でしたら、なんでも受け入れますよ」
「…………そう」
「ですので、なんでも言ってください!!」
「…………」
私の思いが届くよう力強く言ってみたけど、レオさんは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
なにか、とても言いづらいことがあるんだわ。言われなくてもわかってあげられるような、察しのいい女性になりたい。
「レオさん?」
「……すまない、俺はこんなにまっすぐで純粋な君に…………いや、いいんだ。忘れてくれ」
「……?」
どうしたんですか? と、しつこく聞きたいけれど、レオさんは本当にもう触れてほしくなさそうにそう言って、私から手を離した。
レオさんはきっとなにか悩みがあるんだわ。王太子としてのプレッシャーかしら。私にもっと頼りがいがあればよかったのに。
「レオさん……頼りない婚約者ですみません。でも私はいつだってレオさんの味方でいられる自信があります。ですので、本当になんでも言ってくださいね……?」
「……うん。ありがとう。俺も度胸をつけたら、出直すよ」
「?」
レオさんが今言いたかったことは、度胸がいることなのね……?
一体なにかしら?
すみません……。またすれ違ってますね、この二人……。お約束……です。大丈夫、この後甘々展開をお約束します!!ああっ、どうか見捨てないで……!( ;ᵕ;)