58.もちろんお供します!
「お疲れ様、シベルちゃん」
「ありがとうございます、レオさん」
私は今、今日の分の聖女としての仕事を終えて、レオさんと自室に戻ってきた。
私の仕事は魔石に聖女の加護を付与すること。
それをいくつも作って、各地に運ぶのだ。運ぶのは私ではないけれど。
聖女の加護がある魔石を置いておけば、その地は魔物の脅威にさらされることなく、平和になるのだ。
最初に加護を付与した魔石は、真っ先にトーリに運ばれた。
エルガさんの祖母が持っていた魔石の置物はエルガさんのものだから、その代わりとなるものをすぐに用意した。
おかげでトーリはあれからも魔物の被害に遭っていないらしい。
……アニカやマルクス様は元気かしら?
「疲れただろう? 今日はゆっくり休むといいよ」
「はい」
ソファに私を座らせて、レオさんはすぐに部屋を出ていこうとした。
「レオさんは、お仕事に戻られるのですか?」
「いや……実は俺はこれから、ミルコと手合わせの約束をしていて……」
「え!? ミルコさんと、手合わせですか!?」
「ああ……」
つい大きな声を出して目を見開いた私に、レオさんは一瞬気まずそうに視線を泳がせた後、躊躇いがちに口を開いた。
「シベルちゃんも来るかい?」
「よろしいのですか!?」
「ああ……」
「では、ぜひ!!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに食い気味で答えると、レオさんは「やっぱり?」と小さな声で息を吐くように呟いた。
レオさんったら、そんなに素敵なことを内緒にしていたなんて……!
あ、でも……。
「もしかして、私がいると集中できないですか?」
「え?」
「すみません、私ったらまた自分の気持ちを優先して……お邪魔になるようでしたら、はっきりおっしゃってください」
「いや、違う! そうじゃないよ! ……その、ほんの少しミルコに妬いただけだ。あっ、ほら、彼のほうが俺よりたくましいだろ? 君はミルコの筋肉には目がないからね……」
「まぁ……!」
照れくさそうに頭をかいて、白状するようにそう言ったレオさんが、なんだかとても可愛く見える。
「確かにミルコさんはとてもたくましい方ですけど、私の理想的なきんに……いえ、理想的な方は、レオさんですよ」
「今、筋肉って言おうとしたよね?」
「……筋肉も、お人柄も、すべて私の理想なのです!」
「そうか?」
「はい!!」
レオさんは少し疑ったような目で私を見てきたけれど、ここは笑顔でお応えする。だってそれは本音だから。
私はレオさんが一番好きだし、レオさんのことだけを愛している。
……でも、元々騎士様と筋肉に憧れがあるから……どうしてもミルコさんのようなムッキムキな身体を見ると……ね。
馬鹿正直な身体でごめんなさい。でも気をつけましょう! それでレオさんのことを傷つけてしまうかもしれないのだから!
*
というわけで、私はお二人の手合わせを見学に、王城内にある訓練場へとやってきた。
レオさんもミルコさんも、ラフなシャツに着替えている。
ああ……もう、それだけでもたまらないわ。
だって二人とも腕まくりをしているし、首元も緩くて鎖骨が見えるんだもの。
「……ありがとうございます」
つい拝みたくなってしまうけど、お二人の表情はとても真剣。にやけている場合じゃない。
「シベルちゃんが見ているからと、手加減するなよ」
「そんなことはしないさ」
お二人は普段所持している剣とは違う、細身のレイピアを片手で持ち、向かい合って構えた。
とは言っても防具は着けていないし、怪我をする可能性は十分あるので、私まで緊張してしまう。
王都に戻ってからはよく、レオさんとミルコさんは二人で訓練をしている。
私はお二人の訓練を見るのが大好きだから、こうしてたまに見学させてもらっているのだけど……。
やっぱり、元団長様と、現副団長様のお手合わせほど興奮するものはない。
ドキドキと鼓動を速めながら、私は汗をかいた手をぎゅっと握った。
「……っ」
先に仕かけたのは、ミルコさん。
レオさんはその尖った切っ先を躱し、すぐに自分の剣を前に出す。
キン――と、静かに、乾いた音が室内に響いた。
二人の短い息遣いと、時折重なるレイピアの高い音だけが聞こえる。
「レオ、また腕をあげたな」
「君こそ。本当に手加減抜きだな」
会話を交わしながらも、二人にはまったく隙がない。
そしてまた、キン――という、高い音が響いて二人の剣が混じり合う。
「……っ」
「どうした、レオ! 押されているぞ!」
やはりミルコさんのほうが、力があるのだ。
とても早いのに、次から次に剣を繰り出すミルコさんに、レオさんは少し押されてきている。
王太子となってもレオさんがトレーニングを欠かしていないのは知っている。だけど、やはり現役の騎士様には敵わないのだろうか……?
ミルコさんはレオさんの側近だから、レオさんより強いならそれはそれでとても頼もしいことなのだけど……。
レオさんが後退る足音が先ほどより多く耳に届いて、私の心臓はもう、ドキドキしっぱなし。
「……っ!」
「く……っ!?」
レオさんが負けてしまう……!
そう思った直後、交わった剣をくるりと返して、レオさんがミルコさんの剣を弾き飛ばした。
「……すごい」
キン――と一際高い音を立てて、レイピアがミルコさんの後ろに落ちる。
「……俺の勝ちでいいか? ミルコ」
レオさんの息は荒い。
「ああ……、さすがだな。やはりまだまだ、レオには敵わないか」
「いや、今回は本当に危なかったぞ」
途端に、緊張感が解けていく。
私も深く息を吐いて、強張っていた身体から力を抜いた。
「お疲れ様です……! お二人とも、とてもすごかったです! 私の目では追えないほど早かったですし、とても力強くて……本当に本当に格好よかったです――」
そんなお二人に、私もたまらず声をかけて歩み寄った。
「!!」
けれどレオさんは、シャツの裾を掴んで持ち上げると、そこで額の汗を拭った。
レオさんの形のいい腹筋が露になり、私の心臓は跳ね上がる。
「レオさん、こちらをどうぞ……!」
「ああ、すまない」
慌てて持ってきていたタオルを手渡すと、服の裾をぱっと離してタオルを受け取り、それで額に浮いた汗を拭うレオさん。
ちょっと残念……。なんて思いつつも、ミルコさんにもタオルを手渡す。
「ふぅー」と深く息を吐くレオさんと、顔周りの汗を拭いながら静かに呼吸を整えているミルコさん。
ああ……でも、とてもいい光景だわ……! これぞ役得……!!
神様ありがとうございます。
これで私はまた元気になりました。明日も聖女として、頑張れそうです……!!
「俺たちは汗を流してくるけど、シベルちゃんはどうする?」
「もちろんお供します!」
「「えっ?」」
「あ……じょ、冗談です! 私は部屋に戻りますね! お二人とも、お疲れ様でした!」
いけないいけない。つい願望が素直に言葉になって出てしまったわ。でもさすがにそれは駄目よシベル。恥を知りなさい。
「……シャワーを浴びたら君の部屋に行くから、待っていてね」
「えっ……!?」
そんな私に顔を寄せて、こっそりと耳打ちするレオさんに、私の心臓はまた一瞬にしてドキドキドキドキと高く脈を刻んだ。
シベルは今日も幸せです。
ストックが尽きてきたので、次回から更新ペースがゆっくりになります!ごめんなさい……!( ;ᵕ;)
プロットはできておりますのでエタりはしません!ご安心ください!
書籍化作業と並行しながら更新も続けていきますので、まったりとお付き合いいただけると嬉しいです!
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