56.彼女は酔っている※レオ視点
「本当に大丈夫か……?」
「らいじょるれふ、らいじょるれふよ~レオしゃん……」
「……大丈夫ではなさそうだな」
――俺とシベルちゃんの婚約を披露するために開かれた舞踏会は、無事に執り行われた。
大方の挨拶を終え、来客たちは各々パーティーを楽しんでいる。
俺とシベルちゃんはゆっくり休んでいたのだが、シベルちゃんの護衛となったヨティとリック、それからミルコとともにワインを乾杯した。
以前、シベルちゃんはお酒が弱いと聞いていたから少し心配だったが、彼女はとても楽しそうだった。
今日はずっと緊張しっぱなしだったし、少しくらい気を抜いても、もういいだろうと思っていたのだが……。
ワインを飲み始めてほどなく、彼女の様子がおかしくなっていった。
「――ずーっと気になっていたんですけど、ミルコさんとリックさんって、どちらのほうが筋肉が付いているのでしょう?」
ほんのりと頰を赤らめて、突然そんなことを口走ったのが、始まりだったように思う。
「……さぁ、どっちだろうね?」
リックと目を合わせてからそう答えたミルコに、シベルちゃんは「ぜひ見比べて見たいわぁ」なんて言ったのだ。
それを聞いて、こちらもすっかり酔っているヨティが吹いた。
「ぷっ、ははははは! 聖女様のご要望とあれば、お応えしないわけにはいかないっすよね?」
ヨティも酒の回りが早い男だ。ここはトーリの騎士団の寮ではないというのに、すっかり出来上がってしまっている。
「よぉし。それじゃあ勝負しますか、ミルコ副団長」
「……やめておけ。レオの顔を見ろ」
「あ……」
リックも血の気が盛んな男だから、勝負事を持ちかけられたらすぐに受けて立つ節がある。
だが、ミルコが息を吐きながら言った言葉に、リックは俺に視線を向けて頰を引きつらせた。
「大丈夫かい? シベルちゃん、水を飲もうか」
「レオさんは、私の理想ですよぉ」
「……っ!」
つい不機嫌になりかけたが、シベルちゃんに水を飲ませようと身を寄せた俺に、彼女は抱きつくようにもたれかかってそんなことを言った。
「お熱いっすね~、お二人」
「あ、いや……、シベルちゃん、本当に大丈夫か?」
「レオしゃん……いいにおい……」
「…………っ」
にやにやしているヨティたちの視線に構わず、俺の腰にぎゅーっと腕を回し、胸の下辺りに顔を埋めてすりすりと身を寄せるシベルちゃんは、言葉では言い表せないほど可愛い……!!
胸の奥をぎゅっと鷲掴みにされたような気分だ。
彼女がこんなに素直に甘えてくることなど、なかなかあるものではない!!
しかし、今は周りの目がある。とても嬉しいが、ここでは駄目だ。
「彼女は酔ってしまったようだな……。俺たちはそろそろ戻らせてもらうよ」
「では、部屋まで付き添――」
「いや大丈夫。ミルコたちは来客の相手を頼む」
「……わかった」
「すまないな、それじゃあ。行くよシベルちゃん」
「はい……! かえるのれふね……!!」
パーティーはもう終盤にさしかかっているし、父も王妃も既に退場している。
あとのことはミルコたちに任せることにして、俺もふらつく足取りのシベルちゃんをなんとかエスコートして退場させてもらった。
――までは、よかったのだが。
彼女を部屋まで送り届けてソファに座らせ、エルガを呼ぼうと思った俺に、シベルちゃんは再び抱きついてきたのだ。
「レオしゃん……ろこにいくんれふか」
「……エルガを呼んでくるんだよ。そのままの格好では、くつろげないだろう? 着替えるといい」
「じぶんで着替えられまふ……」
「え……っ」
すっかり顔が赤いシベルちゃんは、ぷくぅと頰を膨らませたと思ったら、そのまま胸元に手を伸ばし、ドレスの紐を解き始めてしまった。
「わぁー!! 待って、待って、シベルちゃん!! 俺がまだいる!!」
慌てて彼女の隣に座り、その手を握って動きを止める。
「……レオしゃん、軍服のお姿、とっても格好いいれふ」
「え?」
会話が成り立たない。
だが、ドレスを脱ごうとするのは止めてくれたようだ。
「騎士服のレオしゃんもとっても格好いいれふけろ、その軍服姿も、格好よくて……私は困ってしまいまふ……」
「シベルちゃん……」
呂律が回っていないが、何を言っているのかはわかる。
頰を赤く染めたシベルちゃんは、酒に酔っているのだろう。わかっている……わかっているが――。
可愛すぎる……!!!
シベルちゃんだって、今日は一段と可愛いのだ。
エルガたち侍女が、髪のセットやメイクを施し、彼女を色っぽく、美しく仕上げてくれた。
胸元の開いたドレスも、彼女の女性としての魅力を引き立てていて、正直、それだけでもたまらなかったというのに……!
酒を飲んだせいで赤い顔が、まるで照れているように見える。
そしてこんなに素直な言葉を発し、俺に身を寄せてくるシベルちゃんに、俺は一人、胸を熱く高鳴らせた。
――ああ、駄目だぞ、レオ。
今、彼女は酔っているのだ。酔っている女性に手を出すほど野蛮な行為はない。
絶対に手を出すな。
「レオしゃん、軍服の上からでもわかりまふね……とってもたくましい筋肉が……」
「シベルちゃん……っ!」
「触ってもいいれふか?」
そう尋ねながら、既に俺の腕に触れているシベルちゃん。どうやら感情がストレートになっているらしい。
酔っていながらも瞳を輝かせてじっとそこを見つめ、さわさわと腕を撫でるシベルちゃんの手がどんどん上がってくる。
「シ、シベルちゃん……?」
「……すごい」
二の腕から、肩へと滑ってくる彼女の小さな手の感触に、なんとも言えない感覚が込み上げてくる。
ゆっくり撫でられているその感覚が、なんとももどかしい。
駄目だぞ、レオ!! 彼女は酔っているのだ!!!
「……シベルちゃんっ」
「まぁ」
だが、そんな俺の葛藤に気づかないシベルちゃんの手は、やがて俺の胸筋に伸びた。
そこをひと撫でされた俺は、とうとう我慢ならずに彼女の身体に腕を回し、この胸に抱きしめてしまった。
「シベルちゃん、そんなに触られたら、俺は……っ!!」
「……」
俺の胸の中で大人しく身を預けてくれるシベルちゃんに、これはもう口づけの一つくらいしても構わないだろうと覚悟して、そっと彼女の肩に手を置く。さらされた肌はとてもなめらかで、気持ちがいい。
「シベルちゃん」
「……」
男として意を決し、身体をゆっくり離して、彼女と向き合う。
「――シベルちゃん?」
「ぐぅ」
「……え、寝たの? シベルちゃん!?」
「……すぴー」
「…………」
しかし、一瞬のうちに幸せそうに目を閉じてしまったシベルちゃんに、俺はがくりと肩を落とした。
最低だぞ、レオ……!!
酔っている女性に口づけようなどと……!!
そこでようやく我に返る。
初めてのキスは、彼女が素面のときに行うべきだ……!!
「……やはりそのままでは苦しいだろう。今エルガを呼んでくるからね」
「スー……」
すっかり眠ってしまったらしいシベルちゃんの身体をそっとソファに横たえさせ、俺は深く息を吐きながらエルガを呼びに、部屋を出た。
すみません……( ;ᵕ;)w
次回、レオの仕返しという名のご褒美回。