55.舞踏会はとても楽しいです
今日はいよいよレオさんと私の婚約お披露目の舞踏会が王城で開かれる。
「シベルちゃん、行こうか」
「……はい」
いつものように優しく微笑んでくれるレオさんのたくましい腕に手を添えて、私はドキドキと弾む鼓動を抑えるように深呼吸をして、足を踏み出した。
とても緊張しているのは、これがレオさんと参加する初めての正式な場であるというのはもちろんだけど……隣にいるレオさんが……レオさんが……!
「大丈夫? シベルちゃん。やっぱり緊張する?」
「……うっ」
「?」
今日のレオさんは、直視したら鼻血を出してしまいそうなほど、格好いいから!!!
「大丈夫です、緊張してますが、頑張ります……!!」
「はは、俺も緊張しているよ。だが、一緒にいれば大丈夫だよ」
「は、はい……」
正装のために着ている黒い軍服が、レオさんにとても似合っている。
白い騎士服もすごく似合っていたけれど、これは甲乙付けがたい……!!
マルクス様の軍服姿にはちっともときめかなかったのに、着る人が違うだけでこんなに素敵に見えるものなのね……!!
そんなレオさんに、私はエスコートされているのだ。距離がとても近いのだ。
これは……、顔がにやけないようにするのが本当に大変だわ……!!
「王太子レオポルト殿下、聖女シベル様のご入場です――!」
会場の扉が開けられるのと同時に、私たちの名前がコールされた。
場内にはすでにたくさんの貴族たちが集まっていて、視線が一斉にこちらに向けられる。
「……っ」
「大丈夫だよ、シベルちゃん」
そこで本当にただただ緊張してしまった私に、レオさんは耳打ちしてくれた。
彼の腕を掴む手に力を込めてしまった私の歩幅に合わせるように、ゆっくり進んでくれるレオさんと一緒に歩く。
私たちのために用意されている玉座までの道の両側には、ヨティさんやリックさんら、第一騎士団の方たちが立っているのが見えて、少し安心した。
「……あ」
その直後、彼らは玉座までの道筋に整列すると、私とレオさんに向かって頭を下げた。
その光景にちらりとレオさんを見上げると、彼もとても凜々しい表情でまっすぐ前を見据えていた。
トーリでは皆家族のようだと言い、部下である騎士様たちに気さくに接するよう言っていたレオさんに、彼らも親しみを込めて接していた。
けれど、こういう正式な場では、騎士様たちもレオさん自身も、その立場に相応しい振る舞いをするのだ。
……レオさんは王子なのだと、改めて実感する。格好いい……。
気さくな騎士団長のレオさんも素敵だったけど、こういうギャップには胸がくすぐられる。私もレオさんに跪きたいくらいの気持ちだけど、これでも私は聖女。王太子妃になるのだから、レオさんのように胸を張って歩かなければ。
先に玉座に着いていた国王と王妃に礼をして、私とレオさんも隣同士に座った。
「皆、顔を上げよ」
陛下のお言葉に、騎士様たちは一斉に顔を上げる。
皆さんとても真剣な表情をしている。
……格好いい……。
正面を向けばたくさんの騎士様たちが目に映り、隣を見れば素敵すぎるレオさんの凜々しいお顔が目に映る。
ああ……私は一体どこを見ていればいいのかしら……。
やっぱり正面よね、陛下がなにかお話されているのだし……。ちゃんと話を聞かないと……。
けれど、国王陛下の挨拶は右耳から左耳へと流れていってしまう。
だって、だって……!
こんなに素敵な騎士様やレオさんを前にして、どうやって平静を保てっていうの……!?
私もまだまだ修行が足りないわね。
レオさんとの結婚式までには、もっと慣れておかないと……レオさんとの、結婚式までには……!!
「ああ……」
「シベルちゃん、大丈夫? 気分でも悪いのか?」
「い、いいえ……ちょっと想像が過ぎて……」
「?」
思わず小さく声を漏らしてしまった私に、レオさんがこそっと声をかけてくれた。
いけないわ。シベル。貴女は妃教育をすべて終了した、王太子妃になる聖女なのでしょう! しっかりしなさい!!
自分にそう活を入れて、今はあまり騎士様たちを見ないよう、視線を遠くへ向けて淑女の笑みを浮べた。
*
「レオポルト殿下、シベル様。ご婚約、誠におめでとうございます」
正式な挨拶を終えると、華やかな舞踏会が始まった。
招待客からの挨拶を一通り受けて少し疲れてしまったけれど、今はレオさんとゆっくり座って休んでいたら、髪をピシッとセットしたヨティさんとリックさんがやってきた。
「ありがとう、二人とも」
この二人は、私の護衛でもある。
ヨティさんとは元々第一騎士団の中でも特に仲良くしてもらっていたし、リックさんとは色々あったけど、だからこそ築けた信頼がある。
リックさんには魔法についての話も聞けるから、とてもありがたい。
「シベル様、今日は一段とお美しく――」
「ヨティさん、いいですよ、いつも通りの口調で」
すっかり紳士的な言動のヨティさんだけど、今はもう私たちの話を聞いている人もいないし、なんだかくすぐったく、ドキドキしてしまうのでそう声をかけた。
寮母だった頃とは立場が違うけど、プライベートでは今まで通りにしてほしいと皆さんにお願いしている。
「……そうっすか? じゃあ、シベルちゃん。今日は本当に綺麗ですね! レオポルト殿下とも、すっごくお似合いっすよ!」
「うふふ、ありがとうございます」
騎士様に〝綺麗〟なんて言われて、しかもこんなに素敵なレオさんとお似合いとまで言われて……私はすっかり有頂天。
「乾杯しましょう。せっかくなんですから」
リックさんが持ってきてくれていたワインを受け取り、私とレオさんの側に控えてくれていたミルコさんも含めた五人で、乾杯した。
お酒は久しぶりだ。
嫌いではないけれど、私はお酒を飲むと感情がいつも以上にストレートになってしまうので、控えるようにしている。
だけど……今日はおめでたい日だし、レオさんはこんなに格好いいし……少しくらい、このレオさんをおつまみに、ワインを味わうのも悪くないわよね?
「けど、本当によかったっすよね、シベルちゃんが真の聖女で。団長も無事シベルちゃんと婚約できて、本当によかったっす!」
「ヨティ、飲み過ぎだぞ。レオポルト殿下はもう団長ではないだろ」
「わかってるって、リック! 癖だよ、癖! 俺はお前より殿下との付き合いが長いからな。わかったか? 新人!」
「……俺ももう新人ではない」
だんだんと、砕けた空気になってきた。陛下も王妃も既に退場しているし、ヨティさんはすっかり酔っている様子でリックさんの肩に腕を回して絡んでいる。
「うふふ……」
「シベルちゃん、大丈夫かい?」
「はい……とっても楽しいです」
「そう? それならいいけど……」
「うふふふふふふ……」
「…………」
そんな様子に、私の頰はどうしても緩んでしまう。
さっきまでずっと我慢していたせいか、反動がすごい。
でも、もう挨拶は済んだのだし、少しくらいならいいわよね?
レオさんが不安げに声をかけてくれたけど、私は大丈夫です。ただただ、とっても楽しいです!
「それよりリック、お前は好きな子とかいないのか?」
「そんな相手はいない」
「本当か~? あ、もしかして隣国に置いてきた女がいるんじゃないのか? 恋の悩みは俺が聞いてやるぞ」
「お前は少し水を飲んで落ち着け!」
ヨティさんとリックさんって、仲良しね。同い年だし、気が合うのね、きっと。
「うふふふふふ」
「……シベルちゃん? 本当に大丈夫かい?」
「大丈夫ですよ、レオさん!」
私はとても楽しいです。今日も幸せです。
気を抜くとにやにやと頰が緩んでしまうけど、一応淑女らしく微笑んでおきましょう――。
酒を飲むシベルの巻き。
何やらフラグがぷんぷんですが、次回、レオ視点。