54.ああ……そうだな……※レオ視点
俺とシベルちゃんの婚約を正式に発表するための舞踏会が、もうじき開かれる。
その日に間に合うようにと、シベルちゃんのドレスを何着も仕立ててもらっていたのだが、今日は出来上がったドレスの中から、舞踏会で着るものを彼女と選んだ。
何着か試着してくれたシベルちゃんだが、どれも本当にとてもよく似合っていた。
全部着てほしいというのが本音だが、お楽しみはとっておくことにしよう。
これからも、何度もシベルちゃんとパーティーに参加する機会はあるのだから。
それを想像しながらシベルちゃんがドレスに着替えるのを待っている時間も、俺にとっては幸せなひとときだった。
それでも、今までずっとマルクスが王位を継ぐと思われていたのに、突然帰って来た兄が王太子になったことには、俺も多少の不安があった。
父がどう思っていたのかは知らないが、俺は今までずっと、王位継承に興味はなかったのだ。
シベルちゃんが聖女で、そんなシベルちゃんのことをろくに調べもせずに追放してしまったマルクスに、この国とシベルちゃんを任せることはできないと、俺は王太子になる決心をした。
だが、従者や貴族の中にはマルクス派だった者もいるのだ。
当然、王妃もその一人だ――。
その者たちの信頼を、俺はこれから得ていかなければならない。
もちろん覚悟はあるが、ドレス選びが終わり、シベルちゃんと二人で休んでいるとき、つい気が緩んでそんな不安を顔に出してしまった。
そんな俺に、シベルちゃんが心配そうな顔を向けて声をかけてくれた。
シベルちゃんだって不安なのは一緒だろう。
更に彼女は約百年に一度しか誕生しない聖女なのだ。俺なんかよりプレッシャーが大きいに決まっている。
それなのに、彼女は相変わらずいつも明るいし、俺のことを励ましてくれた。
彼女は本当に素晴らしい女性だ。
俺もシベルちゃんを支えられるよう、頑張らなければと、改めて強く心に誓った。
そんなシベルちゃんも俺のことが好きだと言って、婚約してくれたことは本当に嬉しいことだった。
だが、彼女が騎士が好きだという話を聞いた俺は、騎士団に少し妬いているのも事実。
シベルちゃんが大好きな騎士たちの訓練を見学に行くのも、彼らに差し入れを持っていくのも、構わない。
彼女はそういうつもりで騎士を見ているわけではないのだから。
それでも多少は妬けるのだ。
正式に王太子の座に就いた俺は、もう騎士には戻れないだろう。
騎士ではなくなった俺では、シベルちゃんには物足りないのではないだろうかと、不安に思ってしまうこともある。
国を背負って立つ男だというのに、とても情けない話なのだが……それも仕方ないだろう。俺はシベルちゃんの前では、彼女のことが好きな、ただの男なのだから。
そして、俺が不安に思ってしまう理由は、もう一つある。
シベルちゃんといい雰囲気になっても、俺は未だに、彼女に口づけ一つ、できていないのだ……。
正直に言おう。
せっかく想いが通じ合えたのだから、俺はもっとシベルちゃんといちゃいちゃしたいのだ……!!
だから部屋で二人きりになり、そういう雰囲気に持っていこうと彼女を見つめてみても、シベルちゃんは俺の手や腕ばかりを見つめてしまう。
だから、〝触るかい?〟と聞いてみれば、目を輝かせて嬉しそうに俺の腕をさわさわと撫で回し続けていたシベルちゃんは、本当に筋肉が好きなのだなぁと改めて実感した。
そんなシベルちゃんが可愛くて、たまらず彼女の身体を抱きしめた。
俺が抱きしめるとシベルちゃんはいつも硬直してしまうが、今日は構わず聞いてみた。
〝シベルちゃんが好きなのは、俺? それとも俺の筋肉?〟と。
彼女は迷いなく俺だと答えてくれた。
真剣な顔で熱くなって答えるシベルちゃんに、嘘はないだろう。
嬉しくなってしまった俺は、その気になって彼女に口づけようと思ったのだが――。
シベルちゃんは午後からリックと約束があるのだと言って、逃げるように部屋を出ていってしまった。
もしかして俺は、避けられているのだろうか……?
*
「ミルコはいいなぁ」
「は? 何がだ」
「これからも騎士だもんな、君は」
その日の夜、俺のところに仕事の報告に来ていた、騎士服をピシッと着ているミルコを、俺はじっと見つめて思わず心の声を口に出した。
「……シベルちゃんか」
彼の前では、俺は気が抜けてしまう。
それに、すぐに俺がなにを言いたいか、ミルコは察してくれる。
「シベルちゃんはレオが騎士だろうが王子だろうが関係ないと思うぞ?」
「わかっているさ。彼女の気持ちを疑っているわけではない。俺が単に君たちに妬いているんだ」
冗談半分(ほとんど本気だったかもしれない)で言ってみると、ミルコはいつもの調子で頭を抱えるように額に手を当てて息を吐いた。
「……とても正直なのはいいが、そんな子供みたいなことを言うな」
「わかっている。これはシベルちゃんとの関係がなかなか先に進めない俺の八つ当たりだ」
「……」
ミルコはそれもすべてわかってくれているのかもしれない。少し考えるように間を置いた後、表情を変えずに口を開いた。
「そんなもの脱ぎ捨ててしまえば王子も騎士も関係ないぞ。彼女はレオの筋肉が理想的だと語っていたしな。それともシベルちゃんのためにレオにも騎士服を用意させようか?」
「ああ……そうだな……って、どういう意味だそれは……!!」
あまりに平然とした口調で言われたからつい頷きそうになってしまったが、一瞬想像して、すぐに身を乗り出し大きな声を出す。
「なにを照れている。結婚するんだろう? 彼女と」
「そうだが……っ」
「まさか未だに口づけの一つもできていないわけじゃないだろう――」
「あー! そうだミルコ、それより新しい団長とは皆うまくやっているか?」
俺から始めてしまった話だが、これ以上俺たちの問題に彼を巻き込むのはよくない。そう思って気を取り直し、仕事の話に戻す。
するとミルコもそれ以上深く追求してくることなく、俺の質問に答えた。
「オスカー殿だな。まぁ、それなりにはな」
「彼はとても優秀な男だからな」
「ああ、元第二騎士団の団長殿なだけあって、仕事も早いし指示も的確だ」
「完璧だな」
「……まぁ、前第一騎士団団長殿ほどではないけどな」
「おいミルコ、そんなに褒めるなよ」
俺が落ち込んでいるとでも思ったのか、持ち上げるようなことを言われたが、そういうことはぜひシベルちゃんの前で言ってもらいたい。
「いや、団員からの信頼はレオに勝る者などいないさ。まぁ、オスカー殿はまだ第一騎士団の団長に就任したばかりだから、仕方がないというのもあるけどな」
「そうだな……」
だが、どうやら彼はお世辞で言ったわけではないらしい。
俺が第一騎士団の団長を務められなくなってしまったので、代わりに第二騎士団で団長を務めていた者が第一騎士団の団長に就任した。彼は俺とミルコが若い頃、世話になった人だ。
そして第二騎士団の団長は、副団長だった者がそのまま上がり、新しい副団長が就任された。
ミルコが第一騎士団の団長になってもよかったのだが、彼は俺の側近でもあるから忙しいのだ。
本当は副団長の任も解いてやったほうがいいと思っているのだが、彼がこのままどちらも続けると言ってくれたのだ。
俺が抜けた第一騎士団をまとめてくれているので、正直助かっている。
「俺も今度時間を作って彼らの稽古を見に行こうかな」
「ああ、ぜひそうしてくれ。シベルちゃんと一緒に来て、部下に稽古を付ける姿を見せてやるといい」
「……決してそういうつもりで言ったわけではないからな」
「わかっている」
相変わらずミルコの表情は変わらない。本気で言っているのか冗談で言っているのか、いまひとつわかりかねる。
だが彼は、俺のことをとてもよくわかってくれている、信頼できる友だ。
彼に任せていれば、第一騎士団はこれからも大丈夫だろう。
レオさんは焼きもち焼き……。笑
ミルコはたまにズバッとすごいことを言う。