53.もちろんレオさんです!
「よ、よろしいのですか!?」
「……もちろん。シベルちゃんにならいつでも大歓迎だよ」
「いつでも!!?」
「あ、ああ……」
興奮して、つい大きな声を出してしまったかもしれない。
レオさんが少し引いたように見えたのは気のせいですよね?
でもでも、だって……!!
これはなんて贅沢なお話なのでしょう!
これが婚約者の特権というやつでしょうか!?
ああ……私の趣味をレオさんに打ち明けて本当によかったわ……!
「君が相手なら好きなだけ触ってくれて構わないけど……その代わり、他の騎士たちにはこういうことはしないでね?」
「も、もちろんです……!!」
たくましい筋肉は大好きだけど、元々触ってやろうなんて、そんな恐れ多いことは考えてもいなかった。
もちろん触ってみたいとは思っていたけど、そんなこと、実際にできるわけがないと思っていたのに……!
レオさんは婚約者だから、いいのね!? 婚約者万歳!
「ありがとうございます……」
腕まくりをして私の前に差し出してくれるレオさんの腕に、ごくりと唾を呑んでそっと手を伸ばす。
「わぁ……! すごいです!!」
たぶんサービスで、力を入れてくれているのだと思う。
無駄な肉がまったくついていない、たくましい腕はとても硬くなっている。
「すごい! 本当にすごいです……!!」
「そう? そんなに喜んでもらえてよかったよ」
「はい……! これは本当に……なんて素晴らしいのかしら……!」
「……」
私の二倍はありそうな太さで、鉄が入ってるんじゃないかと思うくらい硬い……!!
浮き出た血管も、なんだかセクシー……!!
ああ……これが憧れの騎士様(元)の、生・筋・肉……!!
興奮のあまりしばらく夢中で触らせてもらっていたら、突然レオさんのもう片方の手が私の腕を掴んだ。
「! レオさん!?」
「シベルちゃんは本当に筋肉が好きなんだね」
「……は、はい」
そのままぐいっと引き寄せられたと思ったら、レオさんの胸の中に抱き寄せられていた。
ぎゅっと抱きしめられているからレオさんの顔は見えないけど、小さく息を吐いたのが聞こえた。
「すみません、私ったら、調子に乗って……嫌でしたよね?」
「いいよ。君が夢中なのは俺の筋肉だし」
レオさんの肩口から顔を覗かせている私の鼻腔を、レオさんの香りがふわりとくすぐって幸せに包まれる。
レオさんの肩……! ここもとってもたくましい……!!
「でも……シベルちゃんが好きなのは、俺? それとも俺の筋肉?」
「えっ」
そんなことを考えてほわほわした気分でいたら、突然身体が離れて顔を覗き込むようにそう聞かれた。
「レ、レオさんです……!」
「本当に?」
「本当です……! もちろん、レオさんの筋肉も大好きです……! 私の理想です!! でも、レオさんに感じるときめきは、他の騎士様たちに感じるものとは違います……!」
私が騎士好きだということを打ち明けてよかったとは思う。おかげで私は堂々と騎士様の訓練を見学に行けるようになったし、こうしてレオさんの筋肉に触らせてもらうこともできているのだから。
だけどレオさんは、もしかしてそのことに焼きもちを焼いているのかもしれない。
私のことを気持ち悪がらずに、むしろ理解してくれて、騎士様の訓練を見に行くことを快く許してくれているレオさんだけど……。
「俺はもう騎士ではないし、これからも騎士団に戻ることはないが……騎士ではない俺でも、シベルちゃんは本当にいいのか?」
「もちろんです!!」
窺うようにじっと見つめられて、ドキリと鼓動が跳ねる。
もちろん、後ろめたい思いがあるからではなく、レオさんのことが好きだから、ドキドキしてしまうのだ。
でも、でも……レオさんのことが本当に好きだからこそ、そんなに見つめられると、まだ慣れていない私は恥ずかしくなってしまう……。
「……」
「シベルちゃ」
「あ――! そうだ私、今日は午後からリックさんに魔法のことについてお話を聞く約束をしていたのでした!」
「――えっ?」
恥ずかしさに俯いた私の顔にレオさんが手を伸ばしていたのを知ったのは、この空気に耐えられなくなって思い切り顔を上げて声を張ったときだった。
レオさんの手は、行き場を失ったように空中で固まっている。
「……リックに?」
「はい、リックさんは隣国で魔法のことを詳しく学んでいるので、私も聖女の力を使うにあたってなにか参考になるかもしれないと思いまして」
「……そう」
その手を気にしつつも、恥ずかしさを誤魔化すようにしゃべった。
私とレオさんが婚約した日、リックさんは騎士として正装した姿で私たちの前に跪き、深く頭を下げた。
そしてトーリでのことを心から詫びると、王太子であるレオさんと、聖女である私に愛剣を掲げ、この先一生の忠節を尽くすと誓った。
この国では、騎士様が剣に誓いを立てるという行為は、その者の覚悟を示す重要な行いだ。
王宮騎士であっても、敢えて個人的に誓いを立てることは簡単にするものではない。
もしその誓いを破ったときは、騎士を辞めるというだけではなく、その命も捧げるという意味が含まれているのだから。
もちろん騎士団の方たちは常に命をかけて国のために戦ってくれているのだけど、騎士様が剣に誓ったことを破ることは、まずない。だから忠誠心をかたちにして示すための行為なのだ。
リックさんはワイバーンに襲われそうになっていたお城を、命がけで守ってくれた、優秀な騎士様。
国王もレオさんも、もちろん私も、それにはとても感謝しているし、もう、最初の頃のように彼が自分を偽っていないのはわかる。
よって、今はリックさんとヨティさんがメインとなって私の護衛を務めてくれている。
「大丈夫ですよ、二人きりで会ったりはしませんから!」
「……わかったよ」
心配そうな目を向けてきたレオさんには、安心してもらえるようそう言って微笑む。
「それではレオさん、素敵なドレス、本当にありがとうございました! ごきげんよう!」
「……ごきげんよう」
レオさんに至近距離で見つめられたおかげですっかり熱くなった顔をこれ以上見られないように、レオさんから顔を逸らして勢いよく立ち上がると私はそのままの勢いで部屋を出た。
次回、レオ視点。
面白い!二章も頑張れ!応援してやるよ!
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