52.触るかい?
「ミルコは自分の仕事に戻っていいぞ」
「……ああ」
目的の部屋に到着すると、レオさんはそう言ってミルコさんを仕事に戻らせた。
ミルコさんはレオさんの側近というだけではなく、今でも第一騎士団の副団長だから、忙しいのだ。
なんだかご機嫌なレオさんの言葉に、ミルコさんは何か言いたげな視線を向けつつも短く返事をして、その場をあとにした。
「さぁ、シベルちゃん。舞踏会当日のドレスはどれがいい? 君好みのものがあるといいのだが」
「まぁ……!」
その部屋には色とりどりのドレスが並んでいた。
「こんなにたくさん用意してくださったのですか……?」
「ああ、君と俺の婚約を発表する大事な場だからね」
「ありがとうございます……!」
こんなに素敵な待遇を受けるのは、初めてだわ。
マルクス様との婚約を発表する場も、一応あった。けれど、あのときはまだ子供だったからか、そんなに大それたものではなかったし、ドレスだって自分の家で用意したものだった。
私もレオさんももう大人で、私は聖女の力にも目覚めているし、レオさんは正式に立太子した。
結婚を間近に控えているわけだから、マルクス様のときとは違うというのはわかるけど、レオさんがここまでしてくれたなんて……。
このたくさんのドレスももちろん嬉しいけれど、私はその気持ちがとても嬉しい。
「着てみたいものはある?」
「どれも素敵で迷ってしまいます」
「そうだね、全部シベルちゃんに似合うようにオーダーしたから、どれも似合うとは思うよ」
「まぁ……」
すべてがキラキラと輝いて見える。実際に輝いているのかもしれない。
「レオさん、本当にありがとうございます」
「喜んでもらえたなら俺も嬉しいよ。それに、俺もシベルちゃんがこのドレスを着ているところを見るのがとても楽しみなんだ」
「まぁ……」
レオさんに向き合って心からお礼を伝える。するとレオさんは私の手を取り顔の前まで持ち上げると、熱い眼差しを向けてきた。
そして一度目を伏せ、指の付け根辺りにちゅっと音を立てて唇を当てた。
「……!!」
もう一度視線を上げたレオさんの眼差しが、私を射抜いたように捕らえる。指にやわらかな感触を受けて鼓動がドキドキと弾み、目を逸らすことができない。
「……レオさん」
「シベルちゃん」
レオさんは、たくましい騎士様であったことを抜きにしても、とても魅力的な方だ。
お顔も綺麗だし、黒い髪も私にはとても格好よく見えるし、青い瞳も宝石みたいに美しい。
だから、見つめられるとそれだけでこんなにドキドキしてしまうのだ。
「……」
「……――」
レオさんの顔がすぐ目の前にあって、その瞳に吸い寄せられるように見つめていたら――
「おほん!」
「「……!」」
エルガさんの咳払いが聞こえた。
「あ……っ、エルガさん」
「仲がいいのは大変よろしいのですが、私がいることをお忘れなく」
「す、すまない……! もちろん忘れてなどいないさ……!」
並べられたドレスの横に立っていたエルガさんの言葉に、私もレオさんも赤面してしまう。
「それじゃあシベルちゃん、今回の舞踏会で着たいと思ったものがあったら、試着してみるといいよ」
「はい、そうしてみます」
気を取り直すようにそう言ったレオさんに私も頷いて、飾られているドレスに近づいた。
それからエルガさんに手伝ってもらって、何着かのドレスを試着してみた。
どれもサイズはちょうどいいし、私にはもったいないと思ってしまうほど、本当に素敵だった。
「――ドレスが決まってよかった」
「レオさんのおかげです。本当にありがとうございます」
結局、舞踏会当日に着るドレスはレオさんに選んでもらった。
ドレスを試着した私を見て、レオさんはすべてに「とても似合っている」と言ってくれたけど、その中でも白と桃色でレースがあしらわれたドレスを一層気に入ってくれた。
今はきちんとお化粧をしているわけではないし、髪もおろしたままだけど、レオさんは本当に嬉しそうに目を輝かせて高い声を上げていた。
そのドレスは上品なデザインだけど可愛さも兼ね備えていて、以前レオさんとトーリの街に出かけた際に買ってくれたワンピースと色も似ていた。
レオさんはああいう色が好きなのかしら。
それとも、本当にああいう色が私に似合っているのかしら?
「楽しみだな。シベルちゃんと舞踏会か……」
ドレス選びが終わった私たちは、レオさんのお部屋で二人きりでゆっくり休みながら、エルガさんが用意してくれた紅茶を飲んでいた。
するとふと物思いげに呟かれたレオさんの言葉に、私は隣に座っている彼を見上げる。
「……レオさん、もしかして緊張してます?」
「え?」
口元には小さく笑みを浮べているけれど、レオさんの表情はなんとなく強張っているように見える。
レオさんはこれまで正妃の息子であるマルクス様が王位を継ぐと思い、自分は王位継承争いに参加しないよう早々に騎士団に入団し、ずっとお城を離れていたのだ。
いくら周りが彼を優秀な王子だと噂していても、本人にその気はなかったのだ。
それを突然、城に戻って聖女と結婚し、王位を継げと言われたのだから……複雑な心境なのかもしれない。
陛下とレオさんがどんな話をしたのかは、私にはわからないけど。
「……シベルちゃんはすごいな、さすが聖女だね。正直に言うと、少し緊張しているし不安もあるよ。次期国王がこんなことを言ってはいけないということはわかっているが」
「いけなくなんかありません」
「え……?」
「私はレオさんの妻になるのです。レオさんが誰の前でも弱音を吐く人ではないということはわかっています。ですから、私の前では無理に笑ってくださらなくてもいいのです」
「シベルちゃん……」
「レオさんはいつも堂々とされていて、立派です。この国を率いていく方として相応しいと思います! でも、人間なのですから、不安の一つや二つあって当然です。それに、私が聖女だからレオさんが緊張しているとわかったわけではありませんよ?」
トーリにいた頃も、レオさんはいつも立派な団長様だった。
皆のことを考えていて、信頼されていて。でもいつも、なにかを我慢しているようにも見えた。
今ならわかる。
私はレオさんのことをよく目で追っていたから……レオさんのことが好きだから、ちょっとした変化にも気づけていたのだ。
「……そうだね。君も聖女としてのプレッシャーと戦っているんだよね。俺ばかりが弱音を吐いてしまったが、君と一緒ならこの国をよりよい国へと導いていけるような気がするよ」
「一緒に頑張りましょう」
「ああ」
とは言っても、私だって皆が期待するような働きができるかはやっぱり不安。
聖女の力に目覚めたおかげで王都はあれ以来平和だけど、地方からはまだ魔物の被害報告があるようだ。
私はこれから、聖女の加護を付与した魔石を各地に届けられるよう、尽力しなければならない。
この国の平和のために、頑張らなければ。
「それにしても、本当に君はいつも前向きだな」
「そうですか?」
「ああ。出会った頃からずっと、俺はシベルちゃんの明るさに救われているよ」
「まぁ」
本当にそうなら、嬉しい。
私だっていつもレオさんや騎士様たちに元気をいただいているのだから。
「シベルちゃん」
熱を含んだ声で名前を呼んで、レオさんは私の手を握った。
レオさんの手は大きくてあたたかくて、大好き。
それに、やっぱり男らしくてとても素敵……!! それは騎士団長だった頃も、王太子となった今も、なにも変わらない。
「俺が必ずこの国と君の幸せを守ってみせるから」
「はい……」
私の手はレオさんの大きな手のひらにすっぽり収まってしまっている。
袖からちらりと覗いて見える腕も、私の二倍はありそうなほど太くてたくましくて……ああ……本当に素敵だわ……。
「シベルちゃん」
「はい……」
レオさんは何度も私の名前を呼んでいるけれど、ついじっとそのたくましい手やら腕やらを見つめてしまう。
「……シベルちゃん?」
「はい……っ!」
そしたら、レオさんは少し不満そうな、低い声で私の名前を呼んだ。
いけないわ。またレオさんの服の下の筋肉を想像して、ぼーっとしてしまっていた。
「……触るかい?」
「えっ?」
そんな私に、レオさんは小さく息を吐きながらも、優しく微笑んでとんでもなく素晴らしい提案をしてくれた。
第二章、これだけじゃないですがこんな感じでいきます。\(^o^)/