48.レオさんは違います!
それから更に三日後。
いよいよ私と第一王子様の顔合せの場が設けられることになった。
結婚式でもないのに、私は朝から侍女たちにこれでもかというほど丁寧に髪の手入れやメイクアップをされて、とても上品なドレスを着せられた。
「とても美しいですよ、シベル様!」
「ありがとう……」
鏡を見せられて、自分でも確かにとても綺麗に仕立ててもらえたなぁと感動してしまったけど、これから会うのが顔も知らない王子であるかと思うと気が重い。
レオさんだったら、なんて言うかしら。
〝綺麗だよ、シベルちゃん〟
そう言って照れくさそうに笑ってくれるレオさんを想像して、一人にやけてしまいそうになったけど、そんな妄想は虚しいだけ。
私は淑女。私は聖女。妃教育も受けてきた。国のために生きるのよ。
自分にそう言い聞かせて、従者の方の案内で謁見の間に向かう。
それでもやっぱり内心では気が重たくて、視線を俯けながら足を進めた。
「シベル様がいらっしゃいました」
先導してくれている従者の足下を見つめて、先を進む。
いよいよご対面か……。
外国にばかり行っていた第一王子様って、一体どんな人なのかしら?
「はじめまして、シベル・ヴィアスと申します」
座っている国王陛下と、王妃。
そして正面に立っているのであろう第一王子と思われる方の足だけを見つめながら、粛々と礼をする。
……まぁ、足だけ見た感じはマルクス殿下と違ってたくましそうな方ね。
ううん、むしろ、なんだかとっても頼もしい佇まい……まるでレオさんのような――
「顔を上げて?」
「――?」
そう思った直後、頭上からよく聞いた人の声が落ちてきた。
「ごきげんよう、シベルちゃん」
「――レオさん!!?」
ぱっと頭を持ち上げると、そこにはピシッと正装した、とても格好いい姿のレオさんが立っていた。
「え……? え? え? どういうことですか……?」
「この国の第一王子、レオポルト・グランディオです」
「レオポルト殿下……? レオさんが、第一王子様……!?」
「そう。黙っててごめんね?」
「……――!!」
「シベルちゃん!?」
にこ、といつものような笑顔ではにかんだレオさんの顔を見て、私は衝撃のあまり陛下の前で卒倒してしまった。
*
「……ん」
「シベルちゃん、気がついた?」
「……レオさん」
目を覚ましたら、この数日私が使わせてもらっている部屋のベッドの上だった。
レオさんが付き添っていてくれたようで、心配そうに私に視線を向けている。
「すみません、私ったらあの場で倒れてしまったんですね」
国王や王妃の前で……情けないやら恥ずかしいやら申し訳ないやら……。
「いや、君を驚かせてしまったせいだな。すまなかった」
そうだ。それ――!!
「……本当に驚きました」
あれは夢でも幻でもなかったようだ。
今目の前にいるレオさんも、いつもの騎士の格好ではなく、王子として正装した姿でそこにいる。
彼はどこからどう見ても立派な王子だ。
……だけど騎士服じゃなくても、格好いい……。
「黙っていて本当にすまない」
「いえ……、私も気づかないなんて……、この国の王太子妃として失格ですね」
考えてもみなかった。確かに昔見た第一王子の肖像画は髪が黒かったように思う。でも、第一王子の肖像画は子供の頃のものしか見たことがない。おそらく、それしかないのだろうけど。深く考えなかったわ。
「でも俺は、自分が王子であるとか、君が聖女であるとか、そんなことは関係なく、シベルちゃんのことが好きなんだ」
「え……?」
突然の告白に、一瞬混乱してしまう。
「俺は君のことがずっと好きだった」
「本当……ですか?」
……嬉しい。こんなに嬉しいことって、世の中にあったの?
「本当だ。だから君と結婚したい。でも、君の気持ちを優先したいとも思っている。君は……、第一騎士団の中に他に好きな男がいるのか?」
「え?」
いませんいません。いえ、皆さん好きですけど、そういう意味では……。
「俺に遠慮せず、正直に話してほしい。実は薄々気づいているんだ」
けれど、言葉に詰まって速答できない私に、レオさんはどんどん続ける。
薄々気づいてるってまさか、私が騎士好きってばれてる?
「君は、ミルコのことが好きなのではないか?」
「え、ミルコさん?」
「ああ。君のミルコを見る目にいつも熱を感じていた。あいつはいい男だ。だからもし君が――」
けれど、レオさんが続けた言葉は、私が覚悟したものとは違った。
「違います!!」
「……違う?」
だから、つい大きな声を出して否定し、少し身を乗り出してしまう。
「ミルコさんのことはもちろん、好きですよ。人として。ミルコさんだけじゃなく、第一騎士団の方たちは皆、大好きです。でも――」
私がそういう意味で好きな男性は、レオさんだけだ。
「しかし、君はいつもミルコのことを……」
「それは……その……」
レオさんのことが好きだと伝えたいのに、レオさんは私の言葉を待たずに聞いてくる。
そうか……私がミルコさんの一際たくましい身体にみとれていたことは、ばれているのね……。
ああ……、どうしよう……。でも、レオさんは私に気持ちを伝えてくれたのだ。私だけ本当のことを黙っておくなんて、駄目よ。
「実は、私……」
「うん?」
「……その」
「うん? 正直に話して?」
「…………好きなんです」
「ミルコが、だね?」
「……騎士が、です!! 私は、たくましい筋肉がついた、騎士の方が大好きなんです!!」
「…………え?」
ああ……言ってしまった。とうとう言ってしまった……!!
これで嫌われるわね。でも、いいのよ。本性を隠したまま結婚なんて、そんなレオさんを騙すみたいなこと、できないもの。
「騎士が、好き?」
「はい……」
「ぷっ、はは、はははははは!」
どん引きされることも覚悟したけれど、レオさんはお腹を抱えるようにして豪快に笑った。
「なんだ、そうか……そういうことだったのか」
「そんなに笑わないでください……」
「いや、すまない。でも、そうか……そうならそうと、もっと早く聞けばよかった」
「……引かないんですか?」
「引かないよ。むしろ、嬉しいな。俺も騎士だし、つまり俺のことも好きだと思っていいのかな?」
「レオさんは違います!!」
「え……っ」
「あ……っ」
思わず口から出た言葉に、レオさんは悲しげに表情を歪める。
「そうか、俺は違うのか……やはりミルコほどたくましくなければ――」
「すみません、そうじゃなくて! その……、レオさんのことは、騎士だからとかではなく……特別に、好きなんです……」
「……特別に……っ、本当に?」
「はい」
言ってしまった。言ってしまった!
顔がとても熱い。レオさんの顔は、もう直視できない……!!
「本当に? シベルちゃんは、本当に俺のことが好きなのか? 騎士だからではなく?」
「……はい、騎士だからではなく、レオさんのことが好きです……」
たぶん真っ赤になっているであろう顔を俯けるように頷く。
「嬉しいよ、シベルちゃん。それじゃあ、俺と結婚してくれる?」
「……」
そっと手を握られて顔を覗き込むようにそう言われたから、恥ずかしさをぐっと堪えてレオさんを見つめ返した。
「……不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「はは、前にも聞いたな、その言葉」
「そうでしたっけ?」
「愛してるよ、シベルちゃん」
「……!」
首を傾げた私の手をきゅっと引き寄せて、レオさんはたまらないとでも言うように私の身体をぎゅっと抱きしめた。
「レオさん……!」
レオさんのたくましい胸からは、ドキドキと大きく高鳴っている鼓動が聞こえる。
「俺は君が愛おしくてたまらない。君の幸せは俺が守るからね」
「……はい」
耳の近くでそう囁かれて、私も遠慮がちにレオさんの大きな背中に手を回す。
ああ……本当に、なんてたくましい身体……!
そのまま厚い胸筋に顔を埋め、にやけてしまう口元を我慢せずに緩めて、たっぷりとこの幸せなひとときを堪能させてもらった。
次回、第1章最終回です。レオ視点でお送りします。
いつも面白い感想に笑わせてもらってます!!
皆様のナイスツッコミ最高です( ;ᵕ;)スキ…!!





