46.君がやったんだよ、シベルちゃん
王都に到着すると、ワイバーンの群れがお城に向かって飛んでいるのが見えた。
「急ぐぞ!!」
レオさんのかけ声とともに、一気に緊張感が増す。
アニカやマルクス殿下……それにお城の人たちは大丈夫かしら?
どうか……どうか皆無事でいて――。
「……シベルちゃん?」
自然と手を組んで目を閉じ、そう祈っていた私の名前を、ヨティさんが不思議そうに小さく呼んだ気がした。
*
王城が見えてくると、騎士団の方たちがワイバーンに応戦しようと弓矢を放っているのが見えた。
あれは第二騎士団の方たちね……? 苦戦している……!!
ワイバーンは空を飛ぶ。
だからなかなか剣が届かないので、厄介な相手だ。
ひどい状況だわ……! 騎士の方たちは一生懸命戦っているというのに……!!
「シベルちゃんはここにいて! ミルコ、シベルちゃんを頼むぞ!!」
「レオさん……!」
第二騎士団とワイバーンが戦っているところまで、まだ少し距離がある。けれどレオさんは馬車を止めると、自らは直接馬に乗り換え、そちらに向かって駆け出した。
ヨティさん等、他の騎士の方たちもそれに続く。
「私も行きます!」
「駄目だ、シベルちゃんは俺とここにいて!」
「でも……っ」
勢いよく馬車を降りた私の身体は、ミルコさんの手によって制止されてしまう。
確かに私は戦えない。
でも、ここでただレオさんたちを心配して見ているだけだなんて……!
「レオさん……」
あっという間に参戦すると、レオさんはワイバーン目掛けてナイフを投げた。
見事命中し、一体が苦しみながら落ちてくる。
すごいわ。さすがレオさん……!
でも、数が多い……。
思ったよりもワイバーンの動きは速くないけれど、やはり空を飛ばれていては戦いにくい。
なにか……私にもなにかできることは……
レオさん等騎士の方たちが戦っている姿を見つめながら、私の身体はどんどん高揚していく。
「……シベルちゃん?」
ミルコさんが、先ほどのヨティさんのように不思議そうに私の名前を呼んだ。
でも今は、レオさんから目を離せない――
「レオさん!!」
そう思った、まさにそのとき
一体のワイバーンが、レオさん目掛けて飛んできた。
危ない!!
嫌だ。レオさんになにかあったら、絶対に嫌――!!
強くそう思いながら彼の名前を力いっぱい叫んだ瞬間、辺りがぱぁっと光に包まれたように見えた。
「え……?」
そして、その光を浴びた途端、空を飛んでいたワイバーンがばたばたと地に落ちてくる。
レオさんを襲おうとしていた個体もそうだ。
けれど、頭を守るために掲げていたレオさんの腕に、その個体は当たったように見えた。
それなのに、レオさんはけろっとしている。
レオさんって、そんなに頑丈だったの?
「レオさん……!」
「シベルちゃん」
堪らず駆け出した私がまっすぐレオさんのもとまで行くと、彼の胸の辺りが、先ほど見たのと同じような光で覆われていた。
「レオさん、それ……」
「ああ、これは以前君にもらった魔石のペンダントだ……」
そう言って、レオさんは服の下から前に一緒に街に出かけた際に私がプレゼントした青い石のペンダントを取り出して見せた。
あのとき私は、店主に言われるがまま、レオさんの身を魔物や危険から守ってくれるよう、その石に祈ってみたのだ。
「君が祈ってくれたおかげだな」
「……ずっとつけていてくれたんですね」
「もちろん」
レオさんに怪我がなくてほっとするのと同時に、いつもそれを身につけてくれていたのかと思うと胸の奥がきゅんとする。
素直に、嬉しい。
「レオ……」
「ああ」
私と一緒に走ってきてくれたミルコさんが、まったく息を切らさずにレオさんに目で合図を送った。
そうだ、この状況は一体どういうことだろう?
どうして急にワイバーンは落ちてきたの……?
「君がやったんだよ、シベルちゃん」
「え?」
きょろきょろと辺りを見回している私に、レオさんが静かに、けれどはっきりと言った。
「君は覚えていないだろうけど、前にもウルフの群れに同じことをした」
「そう。あのときはその力を使った後、気を失ってしまったが……今は平気かい?」
「前にも……?」
ミルコさんも、レオさんと同じような真剣な視線を私に向けている。
気がつけば、他の騎士の方たちもこっちを見ていた。
「平気です……」
「よかった」
「でも、どうして私が……私はなにも――」
「君が真の聖女だからだよ、シベル・ヴィアス嬢」
「国王陛下!」
騎士の方たちがはっとして跪いたと思ったら、低く、威厳のある声が私の名前を呼んだ。
振り返れば、そこには陛下とマルクス殿下、それから少し横に大きくなったアニカの姿があった。
「よく戻ったね」
「国王陛下、ご機嫌麗しく、ご挨拶申し上げます」
「よいよい、今はそれどころではないだろう。皆も顔を上げよ」
陛下のお言葉に、私やレオさん等騎士たちも下げていた頭を上げる。
マルクスとアニカは、ばつが悪そうな顔で私から目を逸らしていた。
それにしても、私が真の聖女って――。
「たくさんの者が見た。君が聖女の力を使っているところを。私は昔、祖母がその力を使っているところを見たことがある。君が使ったのは間違いなく、聖女の力だ」
「は……っ」
返事をしつつも、実感が湧かない。
私が真の聖女? アニカじゃなくて?
「その力を見たことがある者は少ないからね。君の義母が勘違いしてしまったとしても仕方がないかもしれないが――この国を継ぐ者として、それをろくに確認せず、王都から追放するとは、とても愚かよ」
「……っ」
陛下の言葉に、マルクス殿下は俯き、ぎゅっと拳を握った。震えている。
「お前の処分は後ほど下すとして――シベルよ」
「はい」
「私にはもう一人息子がいる。こいつの兄――第一王子である男だが、君にはそちらと一緒になってもらいたいと考えている」
「……まぁ」
突然の陛下の言葉に、私はつい息を漏らすように声を出してしまった。
「どうだろうか」
「……陛下の、お心のままに」
「うむ」
今はそう答えるしかない。
陛下のお言葉に背くことも、聖女が王子と結婚しないことも、きっと許されないのだから。
いいじゃない、シベル。
少し前に戻るだけよ。
私はずっと、王子と結婚するために妃教育を受けてきたじゃない。
相手がマルクス殿下から、その兄に代わるだけよ。……会ったこともない人だけど。
だけど、なぜだろう。
とても胸が痛い。苦しい。
私はもう、騎士団の寮で皆さんと過ごすことができないのね……。
陛下に身体を向けている私の半歩後ろにいるレオさんが今どんな顔をしているのか、見たいような、見たくないような……。
なんとなく怖くて、彼の顔を覗えない。
でも私は今、レオさんのことがとても気になっている。
「国王の名の下に今ここで宣言する! 真の聖女は、シベル・ヴィアスである!」
よく響く声で国王がそう宣言すると、辺りにいた騎士たちが一斉に沸いた。
「聖女様、聖女様が力に目覚めたぞ!」
「これでこの国は安泰だ!」
「シベルちゃんが聖女だったのか、すごいな!」
「俺は最初からそうじゃないかと思ってたっすけどね!」
「うそつけ、ヨティ!」
第一騎士団の方だけじゃなく、第二、第三騎士団の方たちも一斉に私を注目し、歓声を上げた。
だけど騎士たちの嬉しそうな声と表情に、私の胸は複雑に揺れていた。