41.何もありません!あるはずがありません!
翌日は朝早く起きて、朝食を食べたらすぐに出発した。
今日もずっとレオさんの隣で馬車に揺られている私は、前を見たらミルコさんと目が合って、目線を少しずらすとヨティさんと目が合って、右を向いたらレオさんと目が合った。
……これは、幸せ地獄だわ……!!
こんなに近くで三人のたくましい身体をじろじろ観察するわけにもいかないし、目が合っても緊張してしまうだけ。
「シベルちゃん、疲れてないか?」
「はい、大丈夫です!」
「しかし、今朝も早かったから、無理せず休んでくれて構わないからね」
「はい、ありがとうございます」
窓の外ばかり見ている私に、レオさんがそう声をかけてくれた。
でも、馬車での移動はずっと座っていられるから、常に身体は休めている。
……まぁ、緊張感はあるし、心臓はうるさく動いているけど……。
「むしろ団長は、昨日みたいにシベルちゃんに寄りかかってほしいんじゃないっすか?」
「な、なにを言う! そうではなくて、彼女は馬車での長距離移動に慣れていないだろうから、純粋に心配して――」
「膝枕もいいな」
「でも団長の膝じゃちょっと硬そうっすよね」
「まぁそうだな」
「あのなぁ!」
……な、なんて素敵な会話かしら!!
ヨティさんの言葉にミルコさんも乗ったけど、私としては想像するだけでよだれもの。
レオさんの膝枕……太もも……。
ぜひお借りしたい……!!
「シベルちゃんが困っているだろう! すまない、冗談だから、気にしないでくれ」
「え? あ、はい……」
なんだ、冗談なのね。残念だわ。
なんて思いながらも、淑女として淑やかに微笑んでおいた。
「――この街を出たら、しばらくこの人数の宿を取れるような街がない。しかし少しでも先に進みたいから、シベルちゃんには少し辛い思いをさせてしまうが、今夜は野営になることを覚悟してほしい」
その日の昼食後、レオさんは神妙な面持ちで私にそう言った。
「お気遣いありがとうございます。ですが私は平気ですので、どうか少しでも早く王都に着ける道を選んでください」
「そう言ってもらえて助かるよ。だが君に危険が及ばぬよう、俺たちが全力で守るから、安心してほしい」
「ありがとうございます」
野営なんて経験したことはないけれど、レオさんたち騎士の皆さんがいてくれたら怖くなんかない。
私を気遣ってくれながらも、その道を選んでくれたことがむしろ私は嬉しい。
私も皆さんの仲間だと認めてもらえたような気分だ。
……全然頼りないのだけど。
そういうわけで、王都への近道として、その街を出た私たちは川沿いに進むことになった。
もしかしたら魔物が出るかもしれないとも言われて少し緊張したけれど、ありがたいことに危険なことは起きることなく、日が暮れた頃、少し開けた場所で野営することになった。
今晩の夕食には、先ほどの街で買っておいたパンに、ハムや野菜を挟んだサンドイッチと、簡単なスープを作ることにした。
「あ~、美味い! シベルちゃんのスープがあれば元気が出る!」
「本当、同じ食材なのに不思議だよね」
「うふふふ、よかったです。たくさん食べてくださいね」
皆さんの疲れが少しでも取れますようにと、愛情をたっぷり入れていますからね。
こうして喜んでいただけるなら、少しは私も皆さんのお役に立てているかしら。
エルガさんはいないんだし、しっかりやらなければ!
食事が済んだら、騎士の方たちが今夜眠るためのテントを張ってくれた。
「シベルちゃんはここを使ってくれ」
出来上がったテントの一つの前に私を連れて行き、レオさんがそう言ってくれる。
「……ですが」
「ああ、不安だよね。でも大丈夫。交代で見張りを置くから、安心して眠ってくれ。俺もミルコも隣のテントにいるから、少しでも異変があればすぐに起きる」
「……」
私が言っているのは、そういうことではない。
騎士の方たちは皆、数人でそのテントを使うようだ。
もちろん団長であるレオさんも、例外ではない。
女性は私一人だから仕方ないのはわかるけど……なんだかものすごく、申し訳ない。
「おいおい、狭いだろ! もっと詰めろよ!」
「これ以上行けないんだって! お前が詰めろ!」
「……」
「シベルちゃん? やはり不安か?」
既にテントに入っている騎士の方たちのそんな声が耳について、余計に心苦しくなる私。
「あの……私一人でこのテントを使わせていただくわけにはいきません」
「え? いや、しかし」
「私、見張りで立ちます! 昼間に十分馬車の中で休めていますので、テントは皆さんで少しでも広く使ってください!」
「いや、そんなわけにはいかないよ」
きっと魔物が出ても、王都に着いても、私は役に立たない。
それならばせめて、皆さんの迷惑にはなりたくない!
「もしなにかあったらすぐに起こします! 見張りくらいなら私にもできます!!」
「シベルちゃん、気持ちは嬉しいが、君にそんなことをさせるわけにはいかない」
一心に私の気持ちを伝えようとしたけれど、残念ながらレオさんはそれを許してはくれない。
「ですが、」
「じゃあ、俺たちのテントを一緒に使ってもらえばいいんじゃないか?」
「「え?」」
尚も食い下がろうとした私とレオさんの会話を聞いていたミルコさんが言った言葉に、私たちは同時に声を上げる。
「もともと俺とレオの二人で使う予定だったテントに、シベルちゃんも入れればいい。そしたら彼女が使う予定だったテントが一つ空く」
「なるほど!」
「いや、待て、何を言ってる! ミルコ!!」
団長と副団長であるお二人は、二人で一つのテントを使う予定だったようだけど、他の方はどうやら三、四人で一つを使うようだ。
使えるテントが一つ増えればいいのだから、お二人さえよければそうさせていただきたい。
「せっかくシベルちゃんがこう言ってくれているのだから、構わないだろう」
「はい! お二人のテントが狭くなってしまいますが……それでもよろしければ、ぜひ!」
「いやいやいやいや、君までなにを言っている、シベルちゃん!」
「まさかレオ、お前はこんなときに変なことを考えているわけじゃないだろう?」
「……それはもちろん……っ!」
変なこと……?
私は考えてませんよ!? レオさんとミルコさんが無防備に眠っている姿が見られるかもしれないとか、近くでお二人が眠っているなんてそんな美味しい話こちらから喜んで受け入れますだなんて……!
私はあくまでも、皆さんが少しでもゆっくり休めるようにと……!! 本当です!!
ミルコさんがおそらく冗談でレオさんに言った言葉に、私がひやりとしたものを感じながら、咳払いをして気を取り直す。
「レオさん。私のことを気にかけていただいてありがとうございます。ですが、私がトーリに来たばかりのころ、レオさんは言ってました。〝ここにいる仲間は皆家族のようなものだ〟と。ですから、私も皆さんと家族の一員になれたと思っています」
「シベルちゃん……」
「私が女であることは理解していますが……でも、お二人のことはもちろん信頼しています! お二人が私をそういう目で見ていないことはわかっています! 同じテントで寝ても、何もありません! あるはずがありません!!」
「…………シベルちゃん……」
熱くそう語れば、レオさんは泣きそうな顔で「そうだね……」と言って頷いた。
きっと私の気持ちが伝わったんだわ。
決して私にいかがわしい気持ちがあるわけじゃないって、わかってくれたわよね?
「それじゃあさっさと寝よう。あ、俺は一時間ほど最初の見張りを引き受けるから、二人は先に寝ててくれ」
「え?」
「わかりました」
ミルコさんの言葉に頷いて、私は早速お二人のテントに身を入れた。
必死なシベルと、色んな意味で泣きたい気持ちのレオの巻。
次回、レオ視点。
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