38.食われるぞ
「あの……、リックさんに会わせてもらえませんか?」
「君が? なぜ?」
「身を挺して私を守ってくれたので、お礼を言いたいのです」
「シベルちゃん……」
わかってる。
森に行かなければ、魔物を刺激しなければ、あんなことにはならなかったって。
でも私は、彼と話さなければいけない気がする。
「……わかった。その代わり、俺も同行するよ」
「はい。ありがとうございます」
許可してくれたレオさんに頭を下げて、私たちはリックさんがいる部屋に向かった。
部屋の前には騎士の方が見張りで立っていた。
その方に声をかけて、レオさんは外側からかけられていた鍵を開け、私とともに中に入った。
「あれ、シベルちゃんだ」
「リックさん……」
彼はもう、すっかり本来の姿を見せるように、ソファの上で足を組んでだらりと座っていた。
本当に、最初の好青年だったイメージとは随分違うのね。
軟禁状態ではあっても、あまり酷い状況ではないことに安心する。
でもなぜだか口の横が少し赤い。
やはり怪我をしてしまったの……? でも、あんなところを……??
「会いに来てくれたんだ」
「……あの、レオさん。少し二人で話をしてもいいですか?」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。ね、リックさん」
「ああ」
レオさんは少し考えるように眉根を寄せたけど、何かを訴えるようにリックさんを見つめてから、「では、部屋の前で待ってる」と言って頷いてくれた。
もし何かあればすぐに入ってきてくれるということだ。
「リックさん、その節はありがとうございました」
「――は?」
レオさんが出ていった部屋で、私は立ったまま、座っている彼にお礼を述べた。
「あんた、馬鹿なのか?」
けれど、リックさんからはそんな言葉。
「俺があんたを危険な目に遭わせたって、わかってんだろ?」
「……でも、リックさんは魔物から私を守ってくださいました」
「だとしても。俺があんなところに連れて行かなければ、あんな目に遭う必要はなかったんだ。俺はあそこに魔物がいるってわかっていてあんたを連れていったんだぞ?」
「とても貴重な経験でした」
「いやいやいや、だから、そうじゃなくて」
「でもやっぱり私は聖女じゃないって、わかりましたよね?」
「……」
そう、私は魔物を目の前にしても聖女らしいことは何もできなかった。
ただ恐怖して、気を失ってしまうなんて……本当に情けない。
「あんた……、本当にお気楽な女だな。そんなんだったら、そのうちあの団長に食われるぞ」
「え?」
はぁ、と隠そうともせずに溜め息を吐いて、リックさんは呆れたように笑いながらそんなことを口にした。
レオさんに食べられる? 何を? 私の分の食事を取られるということ?
「レオさんはそんなことしませんよ」
「わかんねぇだろ。男なんて腹ん中じゃ何考えてるかわからねぇぞ。あの団長だけじゃなく、他の奴らもな」
「まぁ……」
確かに皆さんいつもたくさん食べてくれるけど。本当は、足りないのかしら。だったら私の分も食べてくれても全然構わないわ。
今回のリックさんのように、騎士の皆さんは命がけで戦ってくださっているのだから。
「……あんた、俺が言ってる意味わかってる?」
「え?」
そんなことを考えていたら、私の心の中でも読んだのか、リックさんはじぃっと私を見つめてまた溜め息。
「騎士なんて生き物は、野蛮な男が多いって言ってんだ」
「……そんなことないですよ?」
リックさんが言いたいことは、前にアニカにも言われたようなことだったらしい。
だけど、この第一騎士団の方に、そんな野蛮な人は一人もいない。
「あんたの前では隠しているだけだ」
「……」
そうか。そうなのかもしれない。
正直、男性のことはよくわからないけれど、そんなようなことを聞いたことはある。
でも、
「そういうこともありますよね。わかります」
「……は?」
「人は皆、言えないことの一つや二つ、抱えているものです」
「……え」
うんうんと、しみじみと頷きながらそう言うと、リックさんからは間の抜けた声が漏れた。
私だってそうだもの。心の中では、密かに騎士の方々のたくましい姿が大好きなんてばれたら、やっぱり軽蔑されてしまうのかしら。
「でも、それ以上に騎士の皆さんは命をかけてこの国のために戦ってくれているのですから、たとえ心の中で何を考えていたって、その事実は変わりません」
「……あんたじゃ思いつかないような、とんでもなく酷いことを考えていてもか?」
「そうです」
「……あんたに嘘をついてるかもしれないぞ。隠し事も。それに、傷つけるかも」
「私一人の犠牲がなんだというのです。この国に比べれば、私なんてとてもちっぽけです」
「……嫌いにならないのかよ」
「なりません。なるはずありません!」
それは、自信を持って言える。
私が騎士を好きなのは、私の勝手な都合。
勝手に好きになって、勝手に幻滅するなんて。私はそんな生半可な気持ちで騎士を好きになったわけではない。
「……そうか。わかった、変なこと言って悪かった」
「リックさんは変なことなんて言ってませんよ?」
だから、やっぱり私はリックさんのことも嫌いになんてなっていない。
「……あんた、どんだけだよ……」
「なにがですか?」
「……なんでもねぇよ」
そう言ってまた溜め息を吐いたリックさんだけど、その顔はなんとなく嬉しそうに見えた。
「それから、一つ勘違いしているようだから言っておくけど」
「はい?」
「ウルフを倒したのは俺じゃないぜ」
「え……?」
リックさんじゃない? それじゃあ一体誰があのウルフの群れを倒したの……?
「……」
「リックさん?」
私をじっと見つめて何かを言い淀んでいるリックさんに首を傾げて続きを促すと、彼は目を逸らして口を開いた。
「……団長と副団長が来てくれただろ。覚えてないのか?」
「えっ」
あれは、夢ではなかった……?
であれば私は、まずお二人にお礼を言わなければならないわ……!
後でちゃんと、お礼をしに行こう。
もちろんこの会話はレオがドキドキしながら聞いています。
次回、久しぶりのマルクス王子視点。
このお話はざまぁを主とした物語ではありません。
リックもマルクスも簀巻きにされないし、殺されません……( ;ᵕ;)(感想ありがとうございます!)
マルクスはゆっくり後悔していますが、最終的にも皆様が期待するようなざまぁをえがけないかもしれません……。
申し訳ありませんが、ご承知おきいただけると幸いですm(*_ _)m