36.その呼び方はやめろ※レオ視点
今日は定期的に行われている、領主との面談の日だった。
朝食を済ませてすぐに出立した俺とミルコだが、必要な書類を忘れていることに気がついてすぐに引き返すことにした。
「――え? リックが?」
「はい。団長の忘れ物を届けると、出ていきましたよ。シベルちゃんも一緒に」
「……なんだと」
しかし、書類を取りに戻った俺が部下の者から聞いた言葉に、胸がざわついた。
リックはおそらく、マルクスの密偵。
シベルちゃんと二人で出かけたというのはとても心配だ。それに、俺に書類を届けに行くと言っていたのに、途中で出会わなかった。
街への道は一本だ。
本当に俺たちを追ったのなら、出会わないはずがない。
「レオ……」
「ああ、まずいことになるかもしれんな」
ミルコも俺と同じことを思ったらしい。
リックの目的ははっきりしていないが、マルクスから送られた密偵ならば、おそらくシベルちゃんが真の聖女ではないか調べるために送り込まれたのだろう。
王都に魔物が出たという話や、義妹が聖女として活躍していないという話は俺にも届いている。
マルクスが焦っているのは容易に想像できる。
「くそっ、俺がもっと警戒していれば……!」
リックとシベルちゃんが二人きりにならないよう気をつけていたのに。
俺は今日寮を空ける予定だったが、昼過ぎには戻るし、シベルちゃんはエルガと一緒に仕事をしているから大丈夫だと思っていた。
しかし、街に向かっていないのだとすれば、まさか二人は森に入ったのだろうか。
シベルちゃんが来てからは魔物たちが大人しくしているが、森の奥へ入れば奴らの巣がある。
刺激すれば黙っていないだろうし、そこでシベルちゃんが聖女の力を使えば、白黒はっきりする。
しかし、まさかそんな無謀な真似を……!
「レオ、あっちだ!」
「ああ!」
俺とミルコはすぐに馬を走らせた。
ミルコは魔物の気配を感知する能力に優れている。
俺も多少は感じることができるが、ミルコは遠くにいてもそれを感知することができるのだ。
ミルコについていくように森の奥へと馬を走らせていると、やがて俺も魔物の気を感じた。
近い……!
シベルちゃん、どうか無事でいてくれ……!!
そして間もなく、二人が視界に映った。
リックはシベルちゃんの前に立ち、彼女を守るように火球を放ち、剣を振るっている。
シベルちゃんに怪我がなさそうなことに安堵したが、次の瞬間、リックと距離ができたシベルちゃんに一匹のウルフが飛びかかった。
そのときにはもう、俺の手は動いていた。
備えていたナイフを、そのウルフに向けて迷いなく放ったのだ。
「シベルちゃん!!」
「レオ、さん……?」
ナイフは無事、シベルちゃんに飛びかかったウルフに命中し、彼女の身は無事だった。
俺とミルコが来た。もう大丈夫。
そんな思いで馬から飛び降り、彼女の元へ駆け寄ろうとしたのだが――
俺と目を合わせたシベルちゃんが、安心したように微笑み、目を閉じた瞬間。
彼女の身体からぱぁっと光が放たれた。
「!!?」
何が起きたのか、一瞬理解できなかったが、光を浴びたウルフたちがその場でばたばたと倒れていくのを見て、理解した。
彼女が聖女の力を使ったのだ――。
「シベルちゃん……!!」
そしてシベルちゃんもまた、脱力するように身体が傾いたのを、俺は慌てて抱き止めた。
「シベルちゃん、シベルちゃん!」
「スー……」
「……眠ってしまったのか?」
俺の腕の中で静かに寝息を立てているシベルちゃんの身体は、心なしか少し熱い。
熱があるのだろうか。
「レオ」
「大丈夫、眠っているだけのようだ」
「そうか……」
心配そうに歩み寄ってくるミルコにそう答えて、俺たちはリックに視線を向ける。
「……やっぱり、彼女が聖女だった」
「お前、自分が何をしたかわかっているのか?」
シベルちゃんを抱いている俺の代わりに、ミルコがリックに詰め寄り、その胸倉を掴み上げる。
「わかってますよ、もちろん。お二人もわかってると思いますけど、俺はマルクス殿下の指示で彼女が聖女かどうか確かめに来たんで」
「マルクス王子は、彼女を危険な目に遭わせてもいいと言ったのか!?」
「それは……。まぁ、俺がいればあんなウルフごとき、余裕なんで」
その言葉に、ミルコは握った拳を思い切りリックの頰に殴りつけた。
「どこが余裕だ! シベルちゃんは危なく怪我をするところだった!」
「……っ、させませんよ、さすがに。命に替えても彼女は守った」
地面に尻を突いて血の滲む口元を親指で拭うリックは、それでも強気に言い返してきた。
「レオがナイフを投げなかったら、どうなっていたか」
「俺は炎魔法が使えます。最悪、あいつら全員焼き払ってましたよ」
それでは森が火事になっていた可能性もあるが、それでもシベルちゃんを守る気だったという気持ちは嘘ではないのだと感じた。
だからといって、彼が取った行動は俺としても簡単に許せるものではないが。
「それで、お前はどうする気だ」
「彼女が聖女であるとわかったんですから、俺の任務は終わりですね。王都に戻ってマルクス殿下に報告しますよ。レオポルト殿下」
俺が聞いた質問に、リックは口の端を上げて答えた。
彼から告げられた名前に、俺はピクリと反応する。
「やっぱり。貴方の肖像画は子供の頃に描かれたものしかないから顔は知られてないですけど、その黒髪はなかなかいない。シベルちゃんはまさか団長様が王子だなんて思ってないようだけど、第一騎士団は最高の護衛というわけだ。貴方の場合、王都にいるより魔物が相手のほうがむしろ安全かもしれない」
おしゃべりがすぎるリックをひと睨みして、こちらから問う。
「彼女が聖女だとわかったら、マルクスはどうする気だ」
「さぁ? そこまでは聞いてないですけど。でも一度追放してしまったのですから、まずいでしょうね。陛下はきっとお怒りになる」
「……では、王には彼女が聖女だとばれないようにするのではないのか」
「それはそれで問題でしょう? それに、誰が偽聖女であるかは、どのみちじきにばれます。幸か不幸か、本物の聖女はこの国の第一王子と一緒にいるのですから……ああそうか、陛下にとってはむしろ好都合かも。まさか、兄が第一騎士団で団長をしていたなんて、マルクス殿下が聞いたら驚くだろうけど」
「……」
リックの口ぶりからするに、この男は完全にマルクス側というわけでもなさそうだった。
幼馴染だからと、いいように利用されたのか……。
「でも、貴方にとってはそのほうがいいんじゃないですか? 王位を継げば、本物の聖女と結婚できるし」
「俺は彼女の意思を尊重したいと思っている」
「ふぅん。弟と違って紳士なんですね。レオポルト殿下は」
「その呼び方はやめろ」
シベルちゃんは今、俺の腕の中で眠っている。
だが、それでもいつ目を覚ますかはわからない。
「……彼女には言わないつもりですか? このまま」
「必要ない。俺は第一騎士団の団長だ」
「そうも言っていられなくなったって、貴方もわかっていますよね?」
「……」
「それよりお前、このまま大人しく王都に帰れると思うなよ」
「……わかってますよ」
俺たちのやり取りを黙って聞いていたミルコだが、とうとう耐えかねたように口を開いた。そしてその言葉に、リックはわざとらしい溜め息を吐いた。
その後、目を覚まさないシベルちゃんを抱えて俺の馬に乗せ、ミルコと二人でリックが逃げないよう挟むように走りながら騎士団の寮へ戻った。
領主との面談は、日を改めてもらうことにする。
それにしても――
やはり、シベルちゃんが聖女で間違いない。
彼女が馬から落ちないよう自分の胸の中に抱きながら、こんなに愛おしくなってしまった存在に、俺の心は揺れていた。
なんか色々明らかになってきました(?)が……
それよりシベル!起きて!あなたは今レオさんの胸の中よ!!
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☆お知らせ☆
同作者連載の小説
『婚約者に浮気された直後、過保護な義兄に「僕と結婚しよう」と言われました。』
https://ncode.syosetu.com/n1641hp/
騎士好き聖女執筆の裏でこっそりと(ほぼ)毎日投稿していた連載が完結しました!
こちらはちょっぴり切ない展開もありますが、かなり甘め。
お時間のあります際に、こちらも覗いてくれると嬉しいです(*´˘`*)





