34.少し黙ってろよ
「くっしゅん……っ」
「あらシベル、風邪?」
朝食の片付けが済んだ頃、私はエルガさんの前でくしゃみをしてしまった。
「すみません」
「いいわ、シベルが看病してくれていたから、もらってしまったのかもね。今日は休んで」
先日、風邪を引いていたお掃除担当の先輩の看病に行ったのは、確かに私。そこでもらっちゃったのかしら。
「大したことないので、大丈夫ですよ」
「いいから休む! 貴女は少し働きすぎよ!」
「はい……」
具合も悪くなかったけど、エルガさんに少し強めの口調で言われた私は、素直に言うことを聞いて自室に向かった。
そういえば、少し寒気がするかもしれない。これから熱が出るのかしら。
「シベルちゃん!」
その途中、リックさんに呼び止められて、私は足を止めた。
「リックさん、どうされましたか?」
「実は、団長たちが忘れ物をしたみたいで……これから届けに行くんだ」
「まぁ、それは大変ですね」
レオさんとミルコさんは今日、トーリの領主と面談のために、朝食を終えた後出かけている。
「それで、よかったらシベルちゃんも一緒に来てくれないかな?」
「え? 私ですか?」
「うん。俺、ここに来てまだ日が浅いだろ? 場所はなんとなく聞いたけど、シベルちゃんが一緒に来てくれると心強いんだ。他の先輩たちは皆忙しそうで……シベルちゃんも忙しかった?」
なるほど。確かに、リックさんはここに来たばかりだから、まだ街には行ったことがないのかもしれない。
騎士団の役に立つチャンスね!!
「大丈夫ですよ。私はちょうどお休みをいただいたところだったので」
「よかった! ありがとう!」
リックさんはいい人だ。よくお料理の配膳を手伝ってくれるし、その際もとても丁寧で、親切。
それに爽やかで優しい方だし、そんなリックさんのお願いを断ることなんてできるわけがない。
前にレオさんが〝気をつけて〟と言っていたことをふと思い出して一瞬躊躇ってしまったけど……リックさんはそのレオさんに忘れ物を届けに行こうと言っているのだ。それにもう皆さんとも仲良くやっているようだし、大丈夫よね。
そのまま二人で外へ出ると、リックさんは白馬にまたがり、私に手を差し出した。
「はい、シベルちゃん」
「……馬で行くのですね」
「馬車より早いからね。どうぞ?」
「はい」
手を差し出されたので、その手に掴まって引き上げてもらう。
私の身体を軽々と持ち上げてしまうリックさんは、とても力持ち。さすが、騎士様……!!
「じゃあ行くよ。しっかり俺に掴まっててね」
「は、はい……!」
リックさんは、ミルコさんに次いでたくましい身体つきをしている。そんなリックさんに抱えられて、ドキドキしてしまう。
だって……だってこれは……憧れのシチュエーション!!
騎士様と一緒に乗馬なんて……ああ、これは夢じゃないかしら?
……けれど、なぜか一瞬レオさんの顔が浮かんだ。
そしてその瞬間、胸の奥がもやっとした。
……どうしたの、シベル。
こんなにたくましい騎士様と馬に乗っているのよ?
もっと素直に喜びなさいよ。
「……」
「ん? どうしたの、シベルちゃん」
「いいえ……」
私がじっと見つめると、リックさんは爽やかに微笑んでくれた。
リックさんも素敵な騎士様だけど……どうして〝レオさんだったら〟なんて思ってしまったのかしら。
リックさんに失礼だわ。
どうやら騎士団の寮で生活しているうちに、私はすっかり欲張りになってしまったらしい。
騎士様を選り好みするようになるなんて、最低よシベル!
心の中で自分を罵倒し、そのまま大人しくリックさんの太い腕に掴まりながら街へ向かった。
――はずだったのだけど。
「リックさん、こっちは森です」
「この森を抜けると近道だって聞いたんだ」
「そうなのですか?」
リックさんが馬を走らせたのは、騎士団の寮の裏側にある森の中。
私はこの森に来たことはないけれど、街への近道だったなんて。
リックさんは必要以上に口を開かなくなってしまったけど、乗馬に集中したいのだろう。
凄く、速いし……。
ともかく私にできることはなにもないので、大人しくしていたけれど、リックさんはどんどん森の奥へ進んで行く。
「あの……、本当にこっちで合ってるのでしょうか?」
「合ってるよ」
「……ですが、どんどん森が深くなっていきます……」
リックさんはここに来たばかり。だから道がわからないのかもしれないのに、随分自信ありげだ。
「あの、リックさん」
「うるさいな。少し黙ってろよ」
「……」
しつこく声をかけた私に、リックさんが鋭い口調で言った。





