32.レオさんも食べたかったのよね?
「ごめんね、シベル。本当は休みだったのに」
「いいえ! どうせやることもないですし、私は元気なので!」
「本当にありがとう」
寮母の先輩が一人、風邪を引いてしまった。
それで午後からお休みだった私は、お昼にパン粥を作って様子を見に来た。
早くよくなりますように。そう思って作ったから、これを食べて少しは元気になってくれたらいいのだけど。
その先輩の担当は、騎士の方々のお部屋のお掃除で、今日はレオさんのお部屋の掃除をする日だった。
私は暇だったので、先輩の代わりにお仕事を引き受けることにした。
レオさんの私室に、私が入っていいのだろうか……!!
そんなドキドキを胸に抱きつつ、「これは仕事」と何度も呪文のように繰り返して、レオさんが個人的に使っているお部屋にお邪魔した。
この時間はもう、レオさんはお仕事をしているから、当然留守だ。
だけど、数時間前までレオさんがここにいて、ここで寝ていて、ここで着替えをしていたのかと思うと……
どうしたって私も熱が出てしまいそうだった。
駄目。駄目よ、シベル。これはご褒美ではなく、仕事なんだから!!
もう一度自分にそう言い聞かせて、早速お掃除を開始した。
部屋の隅々まで埃を掃いたら、雑巾で磨く。
レオさんのお部屋は全然汚れていなかった。
普段、寝るためにしか使っていないのだろうなと思う。
だけど、この空間でレオさんが一日の疲れを癒やしているのかと思うと……たぎる……じゃなかった、もっと疲れが癒えるように、頑張って綺麗にしようと気合いが入る。
ベッドは見ないようにした。
だって見てしまったら、色々と想像が膨らんで仕事にならなそうだから。後でご褒美に、ゆっくり拝ませてもらおうと思う。
それを楽しみに、鼻唄を歌い出したい気持ちで床を磨いていたら、この部屋の主、レオさんがやって来た。
お掃除担当ではない私が掃除しているのを聞いて、わざわざ来てくれたのかもしれない。
レオさんの瞳から、とても感謝してくれているのが伝わってきた。
そして掃除はもういいから、昼食を一緒にとろうと誘ってくれたレオさんに、ちょうど掃除が終わる頃だったので、素直に頷いた。
そして最後に一回だけ、とベッドに目を向けたら、その上に脱いだまま放置されていたと思われるシャツを見つけた。
……レオさんの寝間着……!!?
これはきっと、洗い物よね?
そう思って手に取り、ぎゅっと抱きしめたくなる衝動をなんとか抑えてレオさんに声をかけたら、残念なことに自分で持つと言われてしまった。
気にしなくていいのに……。そう思ったけど、今朝脱いだものを「いいえ! 持ちます!!」と、あまりしつこくして変な女だと思われるのも困る。
なので素直に渡そうとしたら、ぽとりと何かが落ちた。
何かしら?
と、拾い上げようとした私より先に、もの凄い勢いでレオさんの手が伸びて、それを回収してしまう。
不思議に思いつつも、そのままこちらに顔を向けずにずんずん歩いていってしまうレオさんの背中を追った。
*
翌日――
「シベルちゃん!」
「はい、レオさん」
お昼過ぎの休憩時間に、レオさんが急いだ様子で私のところにやって来た。
「今、大丈夫?」
「はい、どうされましたか?」
「これ、よかったらお茶でもしながら一緒に食べないか?」
「まぁ」
そう言ってレオさんが差し出してきた箱の中には、ケーキが入っていた。
白いクリームに覆われて、果物が乗った、大きなケーキ。
「もしかして、レオさんが買ってきてくださったのですか?」
「ああ、新しくできた店なのだが、とても美味しいと評判で」
「まぁ……」
それじゃあ、きっと買うのも大変だったのではないかしら?
新しくできた人気店なら、もしかしたら並んだかもしれない。
「ありがとうございます。今お茶を淹れてきますね」
「ああ!」
レオさんって、本当に優しい方よね。
昨日、甘いものは好きかと聞かれたけれど、まさかケーキを買ってきてくれるなんて。それもこんなに早く。
「あらシベル、どうしたの、そんなにご機嫌で」
「あ、エルガさん。実は今、レオさんがケーキを買ってきてくださって」
「ケーキ?」
「はい。なんでも新しくできた人気店のケーキだとか」
鼻唄を歌いながら紅茶を用意していた私に、エルガさんが話しかけてきた。
「まぁ、あのお店かしら? すごいわ、あそこは朝早くに並ばないとすぐに売り切れてしまうのよ」
「そうなんですか?」
すると、私たちの会話を聞いていた寮母の先輩が、嬉しそうに頰をほころばせて手を合わせた。
「ええ!? 凄いわね、さすが団長! 皆も呼んでくるわね!」
そういえば、今朝はレオさんの姿が見えなかったけど……そのせいだったのね。
本当に、どうしてわざわざそこまでしてくださるのかしら。
そんなことを考えている間に、先輩は寮母たちを全員連れてきた。
風邪を引いていた先輩も、「シベルが看病してくれたおかげですっかり治ったわ!」と、驚異の回復力を見せた。
ケーキは大きかったし、私一人だけいただこうなんて思っていないので、紅茶もたくさん用意する。
「団長! ケーキ、いただきますねぇ!」
「――あ、ああ……どうぞ」
食堂で座って待っていたレオさんは、私たちが来た気配にばっと後ろを振り返り、寮母全員がいる光景に目を見開いた。
レオさんの許可もなく連れてきてしまったのはまずかったかしら?
「すみませんレオさん。私は少しでいいので……」
「いや、君に買ってきたんだ。俺の分はいいから、シベルちゃんにはちゃんと食べてほしい」
「あー! なんですか、団長! シベルにだけ買ってきたわけじゃないですよね~?」
「え、いや……、まさか、日頃の感謝を込めて、寮母の皆でどうぞ」
「わぁ、ありがとうございます! いただきましょう!」
先輩寮母たちの気迫に押されているように椅子から立ち上がり、その場から一歩後退するレオさん。
「……」
きゃっきゃと嬉しそうにケーキを切り分けている寮母たちを見ながら、レオさんが音が漏れないように息を吐いたのを、私は見逃さなかった。
「……レオさん」
「寮母の皆が喜んでくれてよかった。シベルちゃんも、皆と一緒に食べてくれ」
「あ、レオさんは……」
「俺は片付けなければならない仕事があるんだった。それじゃあ、またね」
笑顔でそう言って食堂を出て行くレオさんだけど、なんとなくその背中に哀愁を感じた気がした。
レオさんは優しいから。
でも本当は、レオさんもケーキを食べたかったのよね。
私のせいだわ。
レオ、すまぬ……( ;ᵕ;)
近頃レオさんが不憫なので今日は2回更新します!
次は夜。もう一度レオ視点。
そしてその次くらいからお話が動き出します。