03.なんでも申しつけてください!
辺境の地、トーリに着いた私は、ドキドキと弾む胸を抑えて第一騎士団の寮へまっすぐ向かった。
騎士団の寮は思っていた以上に大きくて立派な建物だった。
周りをとても高い塀で覆われているのが、この地が危険な場所であることを物語っているように感じたけれど、それ以外はまるでお城のよう。
「今日からこちらでお世話になります。シベル・ヴィアスです」
そこで最初に出迎えてくれたのは、茶色の髪を後ろで綺麗にまとめている、私より少し年上と思われる綺麗な女性。
「私はエルガ。貴女の話は聞いているわ。どうぞ入って」
「はい!」
その女性の案内で、私は中へと通される。
「――ここが貴女の部屋よ」
「まぁ! こんなに立派な部屋を私が? よろしいのですか?」
「え? ……そんなに立派かしら。貴女、伯爵家の生まれでしょう?」
そう言って私に窺うような視線を向けてくるエルガさん。
「はい、一応」
「一応? だったら貴女の家の部屋のほうが広かったでしょう?」
それは、まぁそうですけど……。
父が生きていた頃までは。
父が亡くなってからは、なぜか私の部屋を継母に取られてしまった。
母の部屋はちゃんと別にあるのに。
それからは使用人が使う部屋を使っていた私。
掃除をするには狭いほうが楽だし、とくに問題はなかったので構わないのだけど。
「まぁ、いいわ。着いて早々悪いのだけど、荷物を置いたら一緒にきてほしいの」
「わかりました!」
「……随分元気なのね」
続けられたエルガさんの言葉に張り切って返事をしたら、エルガさんは不思議そうに眉根を寄せて、再び窺うような視線を私に向けた。
「道中、とても楽しみにしていましたので!」
「楽しみに? 何を?」
「それはもちろん――」
騎士団の寮で働くことをです! と答えたら、また「どうして?」と聞かれるだろうか。
普通、貴族の娘はこういうところで働くのを嫌がる。
私もそれはわかっている。
正直に「実は騎士が好きでして〜」なんて言ったら、引かれるだろうか。
「……それは……」
だから言葉に詰まっていると、エルガさんは表情をほんの少し緩めて口を開いた。
「やる気があるのはいいことだわ。知っているだろうけど、ここはとても危険なところだから、働き手が少ないの。それに、仕事も結構きついわ。貴女のような……高位貴族のご令嬢には勤まらないことばかりだろうけど――」
「お掃除、お洗濯、お料理……! なんでも申しつけください! 一応、一通りはできますので!」
「え?」
せっかく憧れの騎士団の寮で働けるのだ。
私はなんでもする覚悟で来たし、できないことは教えてもらって、これからできるようになりたいとも思っている。
だからやっぱり、張り切って答えてしまう私。
「……そう、貴女も大変だったのね。わかったわ。でも今日は長旅で疲れているでしょうから、挨拶と案内が済んだら休んでもらって構わないから。……それにしても、荷物が少ないのね」
意味深にそう頷いて、今度は私が持っている、膝の高さほどのトランクケースに視線を落とすエルガさん。
「あっ……、すぐ荷物を置いてきますね!」
恥ずかしながら、私には大切なものがこのトランクひとつに収まる量しかなかった。
父が買ってくれたドレスや装飾品も継母に奪われてしまったし。
でも大丈夫。私はこれから騎士団の寮でたくさんの思い出を作るのだから!
きっとこういう危険な辺境の地に来るような人は、皆何か事情があるのだろう。
だからエルガさんはそれ以上私にしつこく何か聞いてくることはなかった。
伯爵令嬢でありながら荷物がこれだけというのは少し恥ずかしいけれど、部屋の奥にさっさと荷物を置いて、私は部屋を出るエルガさんの背中に続いた。