28.どうか追い出さないでください
「――シベルちゃん」
「リックさん」
レオさんと待ち合わせした場所は、中庭のベンチ。
ここはよく、洗濯物を干すのを手伝ってくれるレオさんと休憩する場所だ。
だけど、案外早く夕食の後片付けが終わって先に待っていた私に声をかけてきたのはレオさんではなく、新人のリックさんだった。
「どうされたのですか?」
「シベルちゃんの姿が見えたから」
言いながら、私の隣に腰を下ろすリックさん。
「あ……、今日初めて会ったのにいきなりシベルちゃんなんて呼んでごめんね。馴れ馴れしかったよね。皆そう呼んでたから、つい……」
「いいえ、構いませんよ。お好きなように呼んでください」
「そう? ありがとう」
リックさんはとても爽やかで、礼儀正しい好青年。ここに来たばかりで、きっとまだ色々と慣れていないことも多いと思う。
私がここに来たばかりの頃、皆さんが優しくしてくれたように、私もリックさんに優しくしたい。
「シベルちゃんは、こんなところで何をしてるの?」
「私はちょっと……人と待ち合わせをしていて」
本当に、レオさんは私となんの話があるのだろうか。
やっぱりばれたのかしら。私が騎士の方たちを変な目で見ているって……。
「こんなところで? ……あ、もしかして、逢い引き?」
「え?」
アイビキ……?
それは、どういうことですか?
「相手は誰? シベルちゃん、第一騎士団の中に恋人がいるの?」
「いえ……、そういうのでは――」
にっと口角を上げて顔を寄せてきたリックさんに、私は慌てて手を前に出し。否定する。
まさか、私に恋人なんているはずがない。しかも、騎士団の中に恋人なんて――
考えただけで卒倒しそうだわ。
「でも、これだけ男がいたら、いいなと思う人くらいいるんじゃない? もしくは、誰かに迫られてたりして」
「いいえ、まさか!」
私は皆さんのことが好きだけど、騎士の方たちは本当に紳士的で優しい人ばかり。
私はもちろん、あんなに美人なエルガさんだって、無理やり迫られたりなんてしていないと思う。そんな話は寮母の誰からも聞いたことがない。
「シベルちゃんは、気になる人とか――」
「シベルちゃん」
リックさんは、随分ここの恋愛事情に興味があるのね。
そう思っていたら、リックさんの声に被せるように、鋭く低い男性の声が私を呼んだ。
「レオさん」
「なにをしている、リック」
そちらに顔を向けると、レオさんが珍しく怖い顔でリックさんのことを睨んでいた。
「……別に、ここのことを色々聞いていただけですよ。それよりシベルちゃんが待っていた相手って、団長だったんですね」
そこで、リックさんは息を吐きながら私から離れるように立ち上がった。
……リックさんは恋愛話に興味津々だったせいで、私と結構距離が近かったみたい。
「話は済んだのか?」
「はい。別に大した話ではなかったので」
最後に私に向かってにこりと微笑むと、リックさんは「またね、シベルちゃん」と言って去っていった。
「……シベルちゃん、ごめんね、遅くなってしまった」
「いいえ、私が早く来すぎただけですよ」
「彼に、なにかされていないか?」
「え? なにもされていませんよ」
リックさんがいなくなると、今度はレオさんが私の隣に座って、心配そうにそう聞いてくる。
「では、なにか変なことを言われなかったか?」
「変なことですか?」
うーん。とくに言われてないと思うけどなぁ。リックさんは私と恋話がしたかったのかな。結構ロマンチストな方なのかしら。
「変なことも言われてませんよ」
「そうか……なら、いいのだが」
「?」
レオさんったら、どうしたのかしら。
そんなこと聞くなんて珍しいわね。それに、少し余裕がないようにも見えるし。
「……だが、彼には気をつけて」
「え? どういう意味ですか?」
「うん……俺たちもどういう意図で彼がここに送られてきたのか調べているところだが、何もないこの時期にいきなり王都から騎士が一人派遣されるなんて、ね」
「?」
言葉を濁すレオさんに、私はつい首を傾げてしまう。
「よほど優秀な方ということですね!」
「いや……うん。まぁ、それはそうなのかもしれないが……」
「?」
騎士団の事情にはあまり詳しくないけれど、なにか問題があるのだろうか?
察しが悪くて、すみません。
「……まぁ、何事もないとは思うが、彼とはあまり二人きりにならないほうがいいかもしれない」
「……そうですね?」
やっぱり、レオさんが言っていることがいまいち理解しきれていないけど、団長様がそう言うのだから、そうしようと思う。
「それで、レオさんは私に話があるのですよね?」
「え……ああ、話があるというか……」
「はい! なんでしょうか」
「……なにというか……」
レオさんは、少し気まずそうに視線を泳がせた。
やっぱり、団長として私に注意したいことがあるのかもしれない。
でもレオさんは優しいから、言いにくいのかな……。
「……あの、遠慮なさらずおっしゃってください。覚悟はできています」
「え? 覚悟?」
「はい。私は寮母という立場を利用して、少し調子に乗りすぎていたかもしれません」
「……は?」
「本当にすみません。以後気をつけます。でも……、これが私の唯一の楽しみでして、その……今後はあまり皆さんのご迷惑にならないよう控えますので、どうか追い出さないでいただけないでしょうか?」
「いや、ちょっと待って! シベルちゃんを追い出す? まさか! 君はいつもとてもよくやってくれている!! 君はなんの話をしているんだ?」
「……あれ?」
そうなの?
混乱している様子のレオさんに、どうやらそれは本当であるらしいことを悟る。
私が早とちりしてしまっただけのようだ。
でも、それじゃあ、一体レオさんの話って?
「……俺はただ少し、君と話がしたいと思ったんだ。とくに用はない……」
「まぁ」
「……疲れているのに、迷惑だっただろうか?」
「いいえ! 迷惑なわけありません!」
だけど、用があるわけじゃないのに私と話がしたかったなんて、どうしてだろう……? 光栄だけど。
「よかった」
「……」
不思議に思っている私の目を見て嬉しそうに笑ったレオさんの顔に、胸の奥がきゅんと疼いた。
すれ違いながら距離を縮めております。
次回もシベルご褒美回です、たぶん( ˇωˇ )