26.しばらく忘れられそうにない
その日のお昼すぎ――私は退屈していた。
今日は珍しく、丸一日お休みをいただいたのだ。
人が足りないとはいえ、私たち寮母にもちゃんとお休みはある。いつも私が騎士の方たちに会いたくて、休みの日でも勝手に料理の配膳を手伝いに行ってるだけなのだ。
でも今日はもうそれも終わってしまったし、予定がない。
こういうときは騎士の方々の鍛錬を見に行くのだけど、今はそれもやってない。
「今日はなにをしようかしら」
レオさんやエルガさんはよく私に「ゆっくり休んで」と言うけれど、休むのは夜だけで十分なのである。
さすがの私だって、夜はちゃんと寝ている。
夜な夜な起きて、騎士の方々の部屋を回るようなことは、していません。
その代わり、せっかく憧れの騎士団の寮にいるのだから、昼間は大好きな騎士たちを見ていたい。
「……トレーニングルームの掃除でもしようかしら」
自室のソファでごろごろしていた私だけど、突然閃いた。
騎士の方たちの訓練場は、外と中、両方にある。天気のいい日や昼間は基本、外で訓練を行っているようだけど、天気の悪い日や夜、それから筋トレなんかはトレーニングルームを使っているのだ。
その部屋の掃除は、手の空いている寮母が定期的に行う。
普段から騎士の皆さんは綺麗に使ってくれているから、掃除はたまにでいいのだけど、そろそろ掃除のタイミングだと思う。
今日は誰も使っていないだろうし、今がチャンスよね。
……まぁ、本当は誰かが使ってくれているほうが嬉しいのだけど、邪魔をしちゃ悪いから。
それでも皆さんが気持ちよくトレーニングできたら、私も嬉しい。
だからバケツに水を入れて、雑巾を持って、私はるんるん気分でトレーニングルームに向かった。
念のため、扉の前には〝掃除中〟の札を出しておく。
別に、誰か来てくれても全然いい……というか、むしろ大歓迎なのだけどね。
「よし!」
腕まくりをして気合いを入れて、トレーニングルームの扉を開け、中に入った。
「あ……っ」
けれど、そんな私の目に飛び込んできたのは、部屋の奥のほうで腕立て伏せをしている――レオさんの姿。
「……っ!」
それもレオさんは、上半身裸だ。
なななな、なんという――!!
――ご褒美。
声もでないくらい驚いて、心臓が跳ね上がり、一瞬にして鼓動が速く脈を刻む。
「……~~っ!!」
レオさんは、私に気づいていない。
よく見ると、片腕は背中に回し、片手だけでその大きな身体を支えている。
すごい……すごすぎる……!!
レオさんの身体が上下するたび、ポタポタと汗がしたたり落ちている。
きっと既に、かなりの回数をこなしているのではないだろうか。
はぁぁぁあああ、すてき…………すてきすぎる……!!!
想像していた以上にたくましいレオさんの身体は、直視したら倒れそうなくらい魅力的。
だけど、少し苦しそうに眉根を寄せながら、「はっ、はっ、」と短く息を吐き、とても真剣な表情で集中しながらぶつぶつと数を数えているその様子は、それ以上に何か胸にくるものがある。
いつも書類仕事に追われている団長様だけど、やはりトレーニングは欠かさないのだろう。
確かレオさんも、今日はお休みだったはず。
彼もお休みの日でも結構仕事をしているように思うけど、空いている時間はこうして身体を鍛えているのね。
団長という地位に驕らず、国のために日々こうして頑張っているのね。
本当に、忙しい方なのに……。
それを思ったら、胸の奥がきゅんと鳴った。
……なにかしら? この感じは……。
たくましい筋肉にときめくのとは、なんとなく別の感覚のような――
「あれ? シベルちゃん?」
「あ……っ」
胸に手を当てて、この不思議な感覚に首を傾げていたら、レオさんに名前を呼ばれてはっとした。
「すみません……っ、声をかけようと思ったのですが、あまりに真剣だったので……」
「いや、何かあったのか?」
「……ええっと」
あれ? 私、ここに何しに来たんだっけ? レオさんのトレーニングを見に来たのだったかしら……??
近くに置いてあったタオルを手に取り、それで額や首回りの汗を拭くレオさんに、つい目が向いてしまう。
「ええっと……」
「?」
ああ……っ、駄目……、なんて眩しいの……!
もう何も考えられなくなってしまう……!!
立ち上がってこちらを向いたレオさんの姿は、とても直視できるものではない。
腕の筋肉も、胸筋も腹筋も……すべてが完璧。
私の理想通り、いや、それを遥かに超えた、まさに神の領域。造形品。国宝級。
少し距離があるのに、それでも私には刺激が強すぎる……!!
「ああ、そうか。すまない、見苦しいものを見せてしまった」
「いいえ!!」
かぁっと顔を赤らめて、目を伏せた私に、レオさんは申し訳なさそうな声を出して置いてあったラフなシャツを着てしまった。
お見苦しいものだなんて、とんでもない……!!
絵に描いて飾っておきたいくらいです。絵が下手じゃなかったら……!
いえむしろ、等身大レオさん人形が欲しいです……!!
「それで、どうしたの?」
「あ……」
シャツを着たからか、こちらに歩み寄って来るレオさんだけど、汗で濡れた前髪をかき上げたその爽やかなお顔が、またなんとも色っぽい……。
「あ、もしかして掃除をしに来てくれたのかな?」
「はい……」
もう、レオさんの言葉が半分しか入ってこない。
頭がふわふわしてきた。
「ありがとう。でも君は、今日は休みじゃなかったかな?」
「お構いなく……」
「?」
いつまでも見ていられる。
少し刺激が強すぎたけど、シャツを着てしまってちょっと残念……。
もっとよく見ておくんだったわ……。
「……もういっかい……」
「え? なにが?」
「あっ、いえ、なんでもないです!!」
危ない。ぼんやりしすぎて、涎が出るところだったわ。淑女として、それはいけないわよ、シベル。しっかりしなさい!
「本当にいつもありがとう。でもあまり無理をしないでね?」
「いいえ! 好きでやっているのです! 思いがけないご褒美もいただいてしまいましたし!」
「ご褒美って?」
「…………こっちの話です」
「?」
なんのことか理解していない様子のレオさんだけど、それ以上しつこく聞いてくることはなさそうだ。
「それじゃあ、俺は汗を流してくるから」
「はい! いってらっしゃいませ!」
「シベルちゃんもほどほどにね」
「はい! 気をつけます!」
「うん?」
違う、レオさんが言ってるのはそういうことではないわね。
いつも通りの優しい笑顔を残して部屋を出ていったレオさんだけど、私は先ほど見た真剣な表情のレオさんの顔が、しばらく忘れられなかった。
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