22.思い詰めた様子のレオさん
――コンコンコンコン
「レオさん、いらっしゃいますか?」
「シベルちゃん? ああ、いるよ。どうぞ――」
その日の夕食後。
片付けが済み、私の今日の仕事が終わったので、昼間作った蜂蜜レモンを持ってレオさんの執務室を訪ねた。
「失礼します」
「どうしたんだい?」
扉を開けると、レオさんはわざわざ執務机の前から立ち上がってこっちに歩いてきてくれた。
「すみません、お仕事中に」
「いや、今日はもう終わるところだったから大丈夫だよ」
そして、「どうぞ」と言ってソファに座るよう促してくれる。
「あ……いえ、よかったら、こちらどうぞ」
「ん?」
けれど、長居するつもりはないので、持ってきたものをすぐにお渡しした。
「レモンを蜂蜜に漬けたものなのですが、疲れが取れますので、よかったら召し上がってください」
「……わざわざ作ってきてくれたのか?」
「先ほど、レオさんが来たときにはもうなくなってましたよね」
ありがたいことに、騎士の皆さんはこれを喜んで食べてくれた。
優しい甘さと、さっぱりとした酸味がとても食べやすくて私も大好きだけど、皆さんも疲れていたんだと思う。
「それでわざわざ……。ありがとう、後でいただくよ」
レオさんはそう言って嬉しそうに笑ってくれた。
喜んでもらえてよかった。
「それでは、失礼します」
「あ……っ」
レオさんはまだお仕事があるだろうし、これからミルコさんのところにも蜂蜜レモンを届ける予定だから、私はすぐに部屋を出ようとした。
けれど、引き止めるようにレオさんが大きな声を出したので、どうしたのだろうかと首を傾げる。
「シベルちゃんはもう、仕事は終わったの?」
「はい」
「それじゃあ、よかったらお茶を一杯付き合ってくれないかな。ちょうどいいから、このレモンを入れてみよう」
「……まぁ、よろしいのですか?」
「もちろん。ちょうど喉が渇いたところだったんだ」
「それじゃあ、一杯だけ」
なんて嬉しいお誘いかしら。
執務室に置いてあるポットでお茶を淹れようと動いた私に、レオさんは「座ってていいよ」と言って、自ら紅茶のカップを用意する。
「……ありがとうございます」
レオさんは団長様だけど、ある程度自分のことは自分で行う。
本当に、王都にいるときはこんなに偉い方が自分で何かをするなんて信じられなかったわ。
……ところでレオさんも貴族の生まれよね?
どんなお家で育ったのかしら。
「さぁ、どうぞ」
「いただきます」
お言葉に甘えて大人しくソファに座りながらそんなことを考えていると、レオさんがポットに入った紅茶を持ってきてくれた。
レオさんは向かいのソファに座って紅茶をカップに注ぎ、私が持ってきた蜂蜜漬けのレモンを一つずつ入れる。
「……うん、美味しい!」
「そうですね」
そして互いに一口ずつそれを飲んで、その味に頰を緩める。
紅茶にとてもよく合うわ。
それに、レオさんの淹れてくれた紅茶もとても美味しい。
「……シベルちゃん」
「はい」
幸せな気分で紅茶を味わっていたら、カップをテーブルに置いたレオさんがふと神妙な面持ちで私の名前を呼んだ。
何かお話があるのかと思い、私もカップを置いて姿勢を正す。
「君は本当にいつも一生懸命俺たちのために頑張ってくれているが、無理はしていないだろうか?」
「え?」
突然、どうしたのだろうか。
「いいえ、無理なんてまったく」
レオさんがあまりにも真剣な表情だから、思い当たることはないのに、つい考えてしまった。
……うん、でも考えてみても無理をしていることは何もないわ。
だって私はこれ以上ないくらいに幸せなのだから。
今だってレオさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいるのよ? こんなことって許される?
「そうか……。ならいいのだが……」
「?」
なんだろう。
レオさんはまだ何か言いたそうな顔をしている。
「どうしました? 気になることがあるのでしたら、どうぞおっしゃってください」
「……俺は、君がなぜこんなところに来たのか知っている」
「ええ……」
レオさんのほうがよっぽど思い詰めたような顔をしているから心配になって問いかけてみれば、言いづらそうに唇を噛んだ後、逸らしていた視線を私に向けてそんな言葉を吐き出した。
「しかし、なぜ君のような人がマルクス王子に婚約破棄されて、こんな辺境の地に追放されたのか、理解できない」
「……真の聖女である妹をいじめたからだそうですよ」
レオさんはきっと、その理由も知っているはずだ。
だから、彼が言いたいことはたぶん、そういうことではないのだろう。……嬉しい。
「君が妹をいじめたなんて、とても信じられない。伯爵令嬢で王子の婚約者、更に聖女と言われていた君が、なぜそんなに家事ができるのか」
熱くなってそう語るレオさんの瞳が、まっすぐ私に向いていた。