21.胸がドキドキする
「手加減はなしっすよ!」
そう叫びながら、先に仕掛けたのはヨティさんだった。
腰の剣を抜いて、ミルコさんにまっすぐ斬りかかっていく。
「……いい踏み込みだが、甘い」
「……っ!」
ミルコさんも素早く剣を抜き、涼しい顔でヨティさんの剣を受け止めると、簡単に弾き返す。
「く……っ!」
それでもめげずに向かっていくヨティさんの剣と、それを受け止めるミルコさんの剣がキン、キン、キン――と、高い音を立てながらぶつかり合った。
「おお、さすがヨティ。副団長相手によくやるな」
「ああ。だが、やはりまだまだ遊ばれているな」
騎士たちからそんな言葉が聞こえる。
私の隣に立っているレオさんも、真剣な面持ちで二人を……どちらかというと、ヨティさんを観察しているように見える。
「甘い、隙がある」
「……っ!」
ヨティさんが一方的に打ち込んでいるから、ミルコさんは受け止めるだけで精一杯なのかと思った。けれど、どうやらミルコさんはヨティさんの腕を見るためにわざと反撃しなかったようだ。
剣を弾かれよろめいたヨティさんの隙を逃さず、素早く自分の剣の切っ先を首元に突きつけたミルコさんの動きは、素人の私から見てもまったく無駄がないとわかった。
「…………参りました」
「勢いと狙いはいいが、もう少し慎重さを身につけろ。己の力を過信しすぎだ」
「……はい、ありがとうございました」
相変わらず息一つ乱さずそう言って剣を鞘に収めるミルコさんに、ヨティさんは項垂れるように頭を下げた。
「……すごい」
「そうだろう? だが、第一騎士団副団長の実力はあんなものじゃないぞ。それに、ヨティも若いのになかなかだった」
「はい……」
初めて目の当たりにした騎士の模擬戦に、私はただただ感嘆の息を吐くばかり。
本当に、ヨティさんだって十分すごかった。
けれど、ミルコさんがそれ以上にすごかった。
ただそれだけだ。
ヨティさんはまだ二十歳だから、これからもっともっと強くなるのだろう。
ミルコさんの強さは……私には計り知れない。
もう、すごすぎて言葉が出ない。
とても格好よかったのだけど、そんな言葉では片付かない。なんというか、今はただ呆然としてしまう。
「本当に、すごいです……」
「うん」
私はこんなに語彙力の乏しい人間だったのか……。
もっと気の利いたことを言えたらいいのに、〝すごい〟としか言えない自分が情けなく、とてもちっぽけに感じた。
今のはただの訓練だったけど、騎士の方たちは実際に命をかけて戦うのだ。
そんな皆さんのために、私ももっとできることはないだろうか。
「ありがとう、シベルちゃん」
「いいえ、お疲れ様でした」
ミルコさんはこちらに歩み寄ると、私に預けていた上着を受け取った。
それにしても、やっぱりミルコさんって、すごく体格がいいのね……! 上着を脱いだらそのたくましい身体付きが一層わかるわ。
「あの、本当にすごかったです……!」
その際、私の口からそんな言葉が出た。
伝えずにはいられなかったのだ。
私は今、とても興奮している。顔や身体が熱くて、心臓がドキドキする。
すごい……! 騎士様は本当にすごい……!!
「ありがとう。……でも、うちの団長殿はもっとすごいよ」
「え?」
そう言ってレオさんに視線を向けたミルコさんに促されるように、私もレオさんの顔を見上げる。
「ん? ああ、いや、まぁ……、それなりにはね」
すると、どうやら私のことを見ていたらしいレオさんと一瞬目が合ったけど、すぐにぱっと逸らされてしまった。
そしてレオさんは、照れたようにはにかんで頭をかいた。
確かに……レオさんは団長様なのだから、きっとミルコさんよりもっと強いんだろうな。
レオさんが剣を抜いて戦う姿を想像してみたら、なぜだかもっと胸がドキドキした。
「……それじゃあ、俺たちはそろそろ戻ろうか」
「ああ」
気を取り直したようにそう言ったレオさんの言葉にはっとする私の前で、ミルコさんが頷いた。
そして二人は、再び肩を並べて戻って行かれた。
私もそろそろ戻らないと。
「あ、シベルちゃん、これありがとう!」
「いいえ、今度また作って持ってきますね」
すっかり中身のなくなった、蜂蜜レモンが入っていた器を持って、夕食の支度のため調理場へ足を進めながら、ふと思う。
結局、レオさんとミルコさんは召し上がってないわよね。
後でお二人にも持っていってあげようかしら。