20.私は震えています
「シベルちゃん、わざわざありがとう!」
「本当、疲れが吹っ飛ぶよ!」
「うん、甘酸っぱくて美味い!」
「うふふ、よかった。皆さん本当にお疲れ様です」
その日の夕方、少し時間ができた私は、騎士の方たちの訓練を見学に来ていた。
手ぶらで行くのもなんなので、レモンをスライスして蜂蜜に漬けたものを差し入れに来たという口実を用意して、外にあるこの訓練場にやってきたのだ。
皆の疲れが少しでも取れますように。
そう願いながら作ったから、そう言ってもらえてよかった。
それにしても……。
本当に、ここはなんて素晴らしいのかしら。
私の目に映っているのは、訓練を終えて爽やかな汗をかいている騎士の方たち。
汗の滲む額を拭い、濡れた前髪をかき上げ、ラフな訓練着の袖を捲って蜂蜜レモンを口にして笑っている騎士たちは、キラキラと輝いて見える。
……ああ、尊い。
こんなに素敵な光景を自分の目で、それもこんなに近くで見られる日が来るなんて、思ってもみなかったわ。
マルクス殿下やアニカには、本当に感謝してもしきれないわね。
……アニカ、妃教育頑張っているかしら。
「シベルちゃん」
「レオさん! それに、ミルコさんも」
そんなことを考えていたら、後ろからレオさんの爽やかな声が私を呼んだ。
「わざわざ差し入れを持ってきてくれたんだって? せっかく時間が空いたのなら、休んでいればいいのに」
「いいえ、私は疲れていませんから。それに、皆さんの訓練を見学させてもらうのは楽しいです」
「そうか? こんな汗臭い男たちを見て楽しいか?」
思わず言ってしまった本音に返ってきたレオさんの言葉に、はっとする。
……私、もしかして気持ち悪いことを言ってしまった……?
「なに言ってんすか、団長! せっかくシベルちゃんがわざわざ来てくれたのに! 汗臭くなんかないよね? ちゃんと毎日風呂にも入ってるし!」
「え、ええ、もちろん!」
まずい……と思ったけれど、私より先にそれを否定してくれたのは第一騎士団の若きエース、ヨティさんだ。
「はは、そうかそうか、ならいいんだが」
「うふふふふ」
どうやらレオさんも、冗談で言ったらしい。
「それより団長と副団長はどうしたんすか? まさか、シベルちゃんの差し入れを食べるためだけに来たわけじゃないっすよね?」
訓練着の彼らと違い、いつものようにピシッと騎士服を着ているレオさんとミルコさんに、ヨティさんが片目を閉じて口角を上げながら言った。
「いや……」
「せっかく来たんすから、たまには稽古つけてくださいよ! それじゃないとこれはあげれないっすよ! ねぇ、シベルちゃん!」
私に同意を求めてくるヨティさんに、淑女らしくにこりと笑顔で応える。
……待って、もしかしたら、今からレオさんとミルコさんの稽古が見られるの……?
それは、なんという幸運!!
管理職のお二人が訓練をしている姿は、あまり見られない。
お二人ともいつ見ても引き締まった身体をしているから、きっと見ていないところで(夜とか?)鍛えてはいるのだろうけれど、こんなふうに日常的に他の騎士たちと訓練しているところは、まず見られないのだ。
「……そうだな、たまには付き合うか」
「お! じゃあ早速、俺と手合わせしてください!」
レオさんより先に口を開いたのは、ミルコさんだった。
それにヨティさんがすかさず反応する。
「いいだろう。シベルちゃん、悪いがこれを預かっていてくれないか?」
「え? は、はい……っ!」
ヨティさんに手合わせを申し込まれたミルコさんは、騎士服の上着を脱いで私に手渡した。
「真剣でいいっすか?」
「いいぞ。本気で来い」
「さすがに副団長に大怪我はさせられないっすよ」
「……ふ、そのときはお前が副団長だ」
言いながら、二人は訓練場中央へ足を進めて向き合った。
ミルコさんとヨティさんの間に、いつになくぴりついた緊張感が走る。
他の騎士たちもその様子を緊張と期待の入り交じる顔で見つめている。
そして私は、ミルコさんの上着を預かっていることに震えながら、これからとてもいいものが見られるのではないかと胸を高鳴らせていた。
「……大丈夫だよ、シベルちゃん。ミルコは強いから、怪我をしたりしないし、若い部下相手に本気で戦ったりもしない」
「はい……」
優しいレオさんが、私の隣で気を遣ってそう声をかけてくれる。
ええ……ええ、そうですよね。これは訓練の一環なのだから、本気で怪我をさせたりはしないのでしょうね。
でも……でも……!
目の前で本物の騎士による手合わせが見られるなんて……!!
どちらかと言うと、私は今そっちに震えています!!