02.真の聖女としてよろしく!
婚約者であったマルクス殿下に、辺境の地、トーリへ行けと言われた私は、高鳴る鼓動を抑えて極力冷静にお礼を言った。
それでもやはり、声が弾んでしまっていたような気がするけれど。
「あ、ありがとうだと!? 君は何を言っているんだ!? トーリは今、魔物の脅威にさらされている危険区域だぞ? わかっているのか!?」
「ええ、第一騎士団が派遣されているところですよね」
「そうよ、お姉様はその騎士団の寮で働かされるのよ!? 野蛮な男ばかりの、騎士団の寮で……!!」
「喜んで!!」
「……は?」
今度は義妹のアニカが、可愛らしくウェーブがかったピンクブロンドの髪を揺らし、同色の瞳を私に向け、殿下にくっつきながら言った。
この子って、小柄でか弱い見た目に反して気が強いのよね。皆気がついていないようだけど。
五年前に父が亡くなってからは、ヴィアス家の古くからの使用人が一掃され、継母に言いつけられた新しい使用人は私のお世話をしてくれなくなった。
伯爵家を私に継がせたくなかった継母は、すぐに親戚筋から養子を取り、一つ年上のアンソニーが家を継いだ。
継母は、自分の娘ではなく、私が聖女で王子の婚約者に選ばれたことが、相当面白くなかったらしい。
だから私は、食事や洗濯、掃除も自分でやらなければならなくなった。
まぁ、やってみたらそんなに苦ではなかったのだけど。
そういうわけで、確かにトーリは危険なところだけれど、それよりなにより、魔物の脅威を食い止めるために派遣されている第一騎士団の寮で働けるなんて……!!
……ああ、神様っていたのね!!
今までずっと、誰にも言えずにいたのだけど、私は筋肉が……いいえ、騎士様が大好きなのだ。
高位貴族の令嬢なのにはしたないとか、気持ち悪いとか、悪趣味だと思われるということはわかっている。
だから今まで、誰にも言わずに生きてきたのだ。
でも、これからはそんな大好きな騎士の方たちのところで働けるの……?
きっとこのために私はこの五年間、家事をやらされていたんだわ。そうとすら思える。
だって騎士の皆様に料理が下手だとか、掃除もろくにできない役立たずだと思われずに済むものね!
ああ、殿下……そしてお義母様、アニカも。ありがとう!!
殿下のことも嫌いではなかったけれど、興味はなかった。
だって殿下って、とても細いんだもの。
殿下のことをすらっとしていて素敵だと言うご令嬢もいるけれど、私の好みはそれではない。
ああ、そういえばアニカは殿下のことを素敵だと言っていた気がする。
けれど私は、騎士のように男らしく鍛えられた筋肉と、たくましく大きな体躯が好み。
王宮騎士団――その中でもとくに第一騎士団の方たちは選りすぐりのエリート部隊。
九歳の頃に、今は亡き父について騎士団の演習を見学して以来、私は騎士団の虜。
国を守るために命をかけて戦う姿も、光る汗も、剣を振るうたくましい腕も、服の上からでもわかる引き締まった筋肉と体躯も……すべてが格好いい!!
あれはまさに芸術品。国の宝。
見ているだけで心が満たされるの。今まで誰にも言ったことはなかったんだけどね。
その後まもなく、線の細い王子との婚約が決まってしまい、とてもがっかりしたけれど、まさか今になって第一騎士団がいる寮で働けるなんて……!
「ありがとうございます、殿下! アニカ、妃教育は大変だと思うけど頑張ってね! それから、真の聖女としてよろしく! それじゃあ」
そうと決まればすぐにうちに帰って出立の準備をしなくては。
こんなつまらない、堅苦しい貴族のパーティーなんてさっさと帰ろう。
そうして翌日には辺境の地、トーリ行きの馬車に乗りこんだ。
そして私は、うきうきと弾む気持ちを抑えて数週間をかけてトーリへとやって来たのだった。