16.これは、まさかエスコート!
今日はいよいよレオさんと出かける日。
朝食作りと片付け、それから洗濯物を干し終わったら、午後から私はお休みをいただいている。
レオさんは、今日は非番だ。
「それじゃあ行こうか、シベルちゃん」
「はい、本日はよろしくお願いします」
騎士団所有の馬車に二人で乗り込む際、レオさんは私に手を差し出してくれた。
「……え?」
「どうぞ?」
これは、まさかエスコート……!!
マルクス殿下にもエスコートしてもらったことはあるけれど、ナイフも握ったことがないような(もちろんあるのは知っているけれど)彼の白くて細くて上品な手に比べて、レオさんの手は大きくて、太くて、指が長くて、とても頼もしい。それでいて、綺麗でもある。
いつもこの手で剣を握って国を守ってくれているのね。
ああ、私がこの国宝級の手に摑まっていいのかしら…………いいわね、せっかくなのだから。
「ありがとうございます」
「いいえ」
まるでお姫様にでもなったような気分で馬車に乗り込み、レオさんと向かい合って座る。
この区域、トーリは魔物が猛威を振るっている危険なところだと聞いていたけれど、私が来てからのひと月は、大きな被害があったという話を聞いていない。
私たちが怖がらないよう、被害報告が耳に入らないようにしてくれているのかとも思ったけれど、騎士の方が怪我をして戻ったのも見たことがないし、本当に毎日が平和。
もちろん、最前で魔物の脅威を食い止めてくれているのだろう第一騎士団の活躍のおかげだと思うけど、今日は近くの街に連れて行ってくれるらしい。
街に行けるくらいは安全なのだから、よかった。
当然街でも騎士の方たちが警備をしてくれていて、この地域にも暮らしている人が結構いるらしい。
いつも新鮮な食材や、生活に必要な細々とした物もこの街から取り寄せているのだ。
その街を見て回れるのは、純粋に嬉しい。
「今日はお忙しいなか、本当にありがとうございます」
「いや、俺も街に行くのは久しぶりだから楽しみだ。王都のように広い街ではないが、少しでも君の息抜きになればいいのだが」
息抜きだなんて、そんな。
いつも抜いてますよ。感嘆の息を。
……という言葉は、呑み込んでおく。
「王都でも街に行く機会はなかったので、誘っていただけてとても嬉しいです」
代わりに淑女らしく微笑んで、そう言ってみる。
本当は、
〝憧れの騎士様とお出かけなんて、これはどんなご褒美ですか?〟
と、聞いてみたいけど。
「……そうか、君は妃教育で忙しかったのだったな」
「はい」
レオさんは私の事情をある程度知っている。
そのうえでこうして優しくしてくれるのだから、できた人だわ。
偽聖女のくせに真の聖女だった妹をいじめて、王子に婚約破棄されて、追い出された私なんかに。
「……」
それにしても……。
長い足を少し開いて、膝の上に握った拳を置いて、ご機嫌な様子で窓から外を眺めているレオさんと視線が合わないのをいいことに、そっと観察させてもらう。
今日は休みだから、いつものカチッとした騎士服ではないレオさんは、カジュアルだけどとても清潔感のある服を着ている。
いつもの騎士服も最高だけど、今日の格好も素敵……!!
がっちりとした肩幅。たくましい腕。
隣に座って、すり寄ってみたい……!
触ってみたい……!!
――なんて。それはさすがに駄目よ、シベル。
レオさんの筋肉は……身体は、国宝級なのだから。
私のような偽聖女が触れていいものではないわ。
こうして同じ馬車に乗れただけで、とてもありがたいことじゃない。
「ありがとうございます……」
「ん? 何がだい?」
「あっ……、その、今日は本当にありがとうございます」
また、心の呟きが漏れてしまった。
突然お礼を呟いた私に、不思議そうにこちらに顔を向けたレオさんと目が合ってしまったから、慌てて誤魔化した。
そしたらまだ不思議そうな顔をしながらも、レオさんはいつもの優しい笑顔で微笑んでくれた。