14.そうでなくては困るのだ。※王子視点
ああ……なんということだ。
「こんな生活、もう嫌!!」
「大きな声を出してはなりません!」
「もう限界よ!! こんなの辛すぎるわ!!」
真の聖女として新しく僕と婚約したのは、シベルの義妹、アニカ・ヴィアス。
早速始まったアニカの妃教育の様子を窺いに部屋を訪ねてみたら、すぐに彼女と教師のわめき声が耳に飛び込んできて、僕は頭を抱えた。
「あっ! マルクス様! 助けてください!!」
「えっ?」
「殿下からも言ってくださいませんか! アニカ様は何度教えても同じところで間違えるのです! 集中力もやる気もまったく窺えません!」
「貴女が厳しすぎるのよ!」
「ああ……、そうか……」
困った。本当に困った。
女性二人から同時に別のことを言われて、僕はただただ苦笑いを浮かべながら一歩身を後退させた。
これまで聖女は姉のシベルだと思い、彼女が将来の王太子妃となるため妃教育を受けてきた。
子供の頃から何年もかけて覚えさせてきたそれを、突然アニカに教えようというのだから、無茶をしているのはわかる。
だが、シベルを追放する前に、アニカにはしっかり伝えてある。
将来僕と結婚して王太子妃になるために、厳しい妃教育を受けなければならないことにアニカは納得したのだ。
そのうえで、彼女は僕との結婚を望んでくれた。
シベルは一度も言ってくれなかったが、アニカは僕のことを「愛してる」とも言ってくれた。
シベルより可愛げがあり、既に聖なる力を使ったことがあるらしいアニカとの結婚を、僕は喜んで受け入れた。
聖女はヴィアス伯爵の実の娘であるシベルだと思ってきたが、予言者は彼女だと断定はしていない。
それにシベルは聖女らしいことを一度もしたことがなかった。
だからヴィアス夫人とアニカに、真の聖女は妹のほうだったと言われて、深く納得したのだ。
「アニカ様! そのようではとても王太子妃としてやっていけませんよ!」
「私は聖女なのよ!? 聖女なのだから、無条件でマルクス様と結婚できるはずでしょう!?」
「まぁ! それでは、妃教育を学ぶ気はないとおっしゃるのですか!?」
「そうよ、厳しすぎるのよ!」
「……っわかりました。それではわたくしにできることはもうないようですので、失礼致します!」
「ああ……そんな、待ってくれ――」
また、教師が一人辞めてしまった。
アニカが妃教育を始めてひと月で、既に何人もの教師が「お手上げだ」と言い、辞めている。
しかし聖女といえど、王太子妃になるのならそれなりの教養やマナーが必要だ。
これはアニカが恥をかかないためでもあるのに。
困った。本当に困った……。
――僕には腹違いの兄がいる。
兄は父である国王の愛人が産んだ子だ。
だから王位継承権第一位は僕にあるのだが、僕はまだ立太子されていない。
正妃の息子である僕が間違いなく次期国王であると思っていたのだが、近頃よく、兄が王位を継ぐのではないかという噂を耳にするようになった。
五つ年上の兄とは、昔からあまり顔を合わせることがなかったが、母譲りの金髪の僕と違い、兄は曽祖父譲りの黒い髪をしている。
この国では珍しい色だった。
曽祖母は聖女だった。つまり、曽祖父は前聖女と結婚している。そして二人はこの国の発展と太平に尽力し、民からとても愛されていた名王だった。
しかし、兄は愛人との間に生まれたせいで、城での居心地が悪かったのだろうし、母も僕と兄を会わせたがらなかった。
父は愛人と兄のために、王宮内の敷地にわざわざ別邸を用意した。
兄はほとんどをそこで過ごしていたのだ。
それに、十五歳になるとすぐに騎士団に入団したと聞いている。
王族のくせに本気で騎士になるなんて、僕には考えられないことだった。
だが、まぁ……この国の次期国王はこの僕だ。
だから、たとえ兄が死んだって、構わないのだ。
僕さえ生きていればそれでいい。
誰もがそう思っているに違いない。……と、ずっと信じていた。
兄は外国を渡り歩いていると聞いている。
今どの部隊にいて、どこでどうしているのかは知らないが、たまに耳にする噂では、騎士としての腕を相当上げているのだとか。
僕はもう二十歳になったというのに、なかなか立太子されないのは、シベルが聖女としての力を解放していないからだと思っていた。聖女の力が解放され、国全体が平和になり、僕が聖女と結婚すれば――父も僕を王太子にしてくれるだろう。
そう信じていた。
だから真の聖女が妹のほうだと聞いて焦った僕は、ろくに調べもせずにシベルを辺境の地、トーリへ追いやった。
シベルが聖女の力を使っているところなど一度も見たことがなかったが、アニカが聖女の力を使っているのを、母親が見たらしい。
それを聞いて、思わず安堵してしまった。
更に、アニカが真の聖女だとわかると、シベルはアニカをいじめるようになったというではないか。
ヴィアス伯爵夫人が調べてくれた報告書を読み、それも深く納得した。
シベルがアニカに嫉妬しているというのは、その現場を見なくても説得力があったのだ。
だから、僕は間違ってなどいない――!
だが妃教育が始まると、アニカは早々に文句を言い、もう嫌だと喚き散らしている。
それでも彼女が言うように、聖女としての力があれば、僕の立太子もなんとかなるだろう……そう思ったが、彼女はその力も未だに見せてくれていない。
いつも「疲れてしまって力は使えません」と言うのだ。
まぁ、とりあえず王都は平和だし、まずは王太子妃として、もう少し相応しい振る舞いをしてもらうのが先だと思った。
せめてシベルに並べるくらいは頑張ってもらわなければ、僕の婚約者として連れ歩くのも恥ずかしい。
……大丈夫。彼女も高位貴族の娘だ。
血の繋がりはないが、シベルと同じ家で育った妹だ。
もう子供ではないのだし、淑女として頑張ってくれるはずだ。
とにかく、今の僕はそう信じるしかなかった。
……というか、そうでなくては、困るのだ。
少しずつ進んでいきます!
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