13.これ、レオさんのカップじゃない?
「隣、いいかな?」
「もちろんです!」
私に一言断ってから隣の椅子を引いて腰を下ろすレオさんは、シャツの袖を肘の辺りまで捲ってカップに口を付けた。
「……」
ごく、ごく、と音を立てて、レオさんの喉仏が上下する。
……ああっ、なんて男らしいのかしら……!
一日の終わりに、最高のご褒美をいただいてしまった。
「なんだい?」
「いいえ、ごめんなさい……!」
そんなレオさんを遠慮なく見つめていたら、テーブルにカップを置いた彼と目が合ってしまった。
いけないわ……! あまりじっと見つめるのは失礼よ、シベル!
自分に喝を入れて、一応貴族令嬢らしく上品に食事を続けることにする。
大丈夫よ。私は淑女、私は淑女……。
「……美味しいかい?」
「はい」
「そりゃあそうか。君が作ってくれたんだ。俺もさっきいただいたが、本当に美味しかったよ」
「それはよかったです」
「それにしても、君は本当に美味しそうに食べるね」
「こんなにやわらかいパンが食べられるなんて、幸せです!」
ちょうど、ちぎったパンをシチューに付けて頰張っていたところに声をかけられてしまった私は、マナー違反であると知りつつも、つい頰をほころばせながら口元を手のひらで覆って返事をした。
はしたなかったかしら?
でも正式な場ではないし、私はもう王子の婚約者でもない、ただの寮母だし、大丈夫よね?
それに、レオさんはそんなことで怒ったりする方ではない。
というか話しかけてきたのはレオさんのほうだしね。
「……やわらかいパンが食べられて幸せ? 君は不思議なことを言うね」
「え?」
「このような食事、君はいつも食べていただろう? 伯爵令嬢で、王子の元婚約者なのだから」
「……っ」
その言葉に、パンを喉に詰まらせそうになってしまった。
「ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫? 慌てないで、ゆっくり食べて」
「すみません、ありがとうございます……」
噎せてしまった私に、レオさんはすぐにミルクの入ったカップを手渡してくれる。
ありがたくミルクを喉に流してパンをしっかり飲み込んで、ふぅと息を吐く。
……あれ? これ、レオさんのカップじゃない?
「しかし、本当にシベルちゃんが来てから皆とても喜んでいるよ。シベルちゃんが作った料理を食べると疲れが吹き飛ぶし、なんだかやる気も湧くんだ」
「まぁ、とても嬉しいです。でも、私なんて皆さんに比べたらまだまだですよ」
何事もなかったように話を続けるレオさんに、とりあえず私も普通に言葉を返す。
でもこれ、レオさんがさっき飲んでたカップよね?
「シベルちゃんは本当に謙虚だね」
「いいえ、騎士の皆さんは本当にすごいと思います。とくに第一騎士団の方はとても危険な任務に就いているのに、心に余裕があって、お優しくて。いてくださるだけで私は救われています」
これは私の本心。
この寮に、偉そうな方は一人もいない。
王都ではよく、偉そうな態度の高位貴族を見ていたけれど、ここにはそんな人はいないのだ。
領民が働いたお金でいい暮らしをしているくせに、なんの感謝もない人はたくさんいた。
けれど第一騎士団の皆さんは、命がけの危険な任務に就いているというのに、誰もそのことを鼻にかけない。
でも私はちゃんとわかっているわ。
騎士様は身体が大きいだけではなく、心も大きいのね。
大好きで憧れだった騎士の皆さんのお役に立てて、喜んでもらえて、こんなに近くで私の目を見て会話してくれるだけで、私にはこれ以上ないくらいのご褒美だ。
この報酬と美味しい食事さえあれば、私は明日も生きていける。
「はは、そんな……大袈裟だよ、シベルちゃん」
「いいえ! 大袈裟なものですか!」
つい熱くなってレオさんに身体を向けて力強く言ってしまったけれど、レオさんは一瞬驚いたように目を見開いた後、ぷっと吹き出し、声を上げて笑った。
「はははは! シベルちゃんは本当に面白いね、俺も君がいてくれるだけで救われているよ。君と話していると、元気がもらえる」
「まぁ……!」
また、とんでもないご褒美をいただいてしまったわ。
私の言葉を真似しただけでしょうけど、レオさんにそう言ってもらえるなんて。
この言葉はきっと、一生忘れないわ。
……それにしても、本当に楽しいわね。
マルクス殿下とも、お茶をしたり、一緒に過ごす時間はあったけど、こんなふうに笑って話した記憶はない。
王族や高位貴族は大きな口を開けて笑ってはいけないらしい。
でも、ここの方たちはとても自由だ。
皆さんそれなりのお家のご子息なのだろうけれど、とても無邪気に笑う。
だから私もとてもあたたかい気持ちになる。
本当に……婚約破棄してくれて、この地に送り出してくれてありがとう……
マルクス殿下や妹のアニカは、元気にしているかしら。
「シベルちゃんと話をするのは楽しいな」
「まぁ、私も今同じことを思いました――」
言いながら、カップにミルクを注ぐレオさんの言葉に、嬉しくなって彼に身体を向ける。
「本当? それは嬉しいな」
「…………!」
けれど、そのまま先ほど私がミルクを飲んだカップに再び口を付けてしまったレオさんを見て、私の頭はとうとう沸騰してしまった。
「シベルちゃん!? どうしたの!?」
「あ…………いえ、ちょっと目眩が……」
やっぱりそれ、レオさんのカップですよね。
おまけ。
その後のレオ――
「ああ……やはり彼女は疲れているのだな。食事中に目眩を起こすなんて心配だ……。何か気晴らしをしてやれたらいいのだが……」
こうしてまた勘違いしてそうだ……(笑)と思った方はブックマークと評価をぽちっとしてくれると嬉しいです(*´˘`*)
執筆の力になってます!本当にありがとうございます!!
次回、王子視点。
※このお話はざまぁ要素は少なめです。メインはシベルとレオの恋愛進行になります。
王子サイドはゆっくり破滅していくと思われますので、ご承知おきくださいm(*_ _)m