120.心配事※レオ視点
「――なるほど、シベルちゃんがアロマオイルに聖女の加護を付与したのか」
「ああ、それを入れて入浴すれば、大勢の者をまとめて癒やすことができる」
「それはすごいな」
「そうだろう?」
あの後、のぼせてしまったのか気を失ったシベルちゃんを部屋に運んでエルガに預け、俺は風呂上がりのミルコと部屋で話をすることにした。
アロマオイルに聖女の加護を付与するとなると、シベルちゃんにまた新たな仕事ができてしまう。だが無理のない範囲で行ってもらえば、確かにとても効率がいい。
回復薬作りと並行して行ってもらうことも考えてみようと思う。
なによりシベルちゃんがとてもやる気に満ちていたし。
「しかし彼女は本当にすごいな。この短い期間でどんどん力を開花させていく」
「ああ……無理はしてほしくないけどな。さっきも風呂場で倒れてしまったし」
「……無理をして倒れたようには見えなかったけどな」
「これから結婚式の準備も本格的に始まるし、もっと忙しくなる」
「それはおまえも同じだろう」
「……まぁな」
俺たちの結婚式は二ヶ月後に決まった。
結婚指輪は、特別なものを贈りたい。王都に戻って落ち着いてきたし、近々一緒に指輪を選びに行こう。
「とにかくおまえと正式に結婚すれば、彼女はもっと聖女の力を発揮するだろう」
「……そうだといいな」
聖女は幸せであればあるほどその力を発揮する。
だから俺が必ずシベルちゃんの幸せを守り続ける。
「そうだ、トーリの魔石が割れた件、俺とリックでもう一度よく調べてみた」
「なにかわかったか?」
飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置き、思い出したように口を開くミルコ。
「リックがヴァグナー殿にも聞いてみたらしいのだが」
「ああ」
ユルゲン・ヴァグナー公爵は、隣国、バーハンド王国の大魔導師でリックの師匠。
リックは、ヴァグナー殿が作った通信用の魔導具を持っているから、離れていても連絡を取り合える。
「確かに、ヴァグナー殿ならなにか知っているかもしれないな」
「過去に魔族の力により魔石が勝手に割れたことがあると、バーハンドの文献には記述されているらしい」
「……魔族」
「ああ。可能性として考えられるのは、我が国にもまた魔族が現れたか……もしくはそれと同等の力を持った強い魔物が現れたか」
「……」
ミルコの言葉に息を呑む。
もしそうだとしたら、大変なことだ。
魔族とは、獣の姿をした魔獣とは違い、ほぼ人と同じ姿をし、高い知能と魔力を持った魔物のこと。
見た目はほぼ人と同じだが、奴らは人ではない。
かつて魔族の王――魔王と人は対立し、大きな争いが起きた。
その魔王を倒したのが、我が国で誕生した最初の聖女と言われている。
しかしそれはもう千年近く前の話。魔族の残党がいたとしても、少なくともここ数百年は大きな被害は起きていないし、我が国に現れたという報告はされていない。
しかし、魔族には人と同じような高い知能がある。
本能のまま襲ってくる魔獣とは違う、厄介な相手。
「魔石が割れたのが魔族のせいだったとしても、向こうには聖女に太刀打ちできるほどの力はないのかもしれない」
「そうだな……このままおとなしくしてくれていたらいいのだが」
魔族との争いは避けたい。
仮にもし、魔王級の力を持った者が現れたとすれば、いくら聖女でも簡単に倒せる相手ではない。
シベルちゃんを危険な目に遭わせるようなことは避けたい。
「だが俺たちがトーリに着いたときは強力な魔力は感じられなかった。だからこれは単なる可能性の一つだ」
「……ああ」
確かに、確証はない。
警戒しておくにこしたことはないが、あまり考えすぎないようにしよう。
とにかく今はシベルちゃんの幸せと、この国に今起きている問題を解決していくのが先だ。
「ヴァグナー殿にその文献を送ってもらい、リックが引き続き調べてくれることになっている」
「そうか、届いたら俺も目を通すよ」
「それはいいが、まずは結婚式の準備だろ? 順調か?」
「今度指輪を選びにいこうと思っている」
「とにかく、聖女様には幸せでいてもらうことが大切だからな」
「そうだな」
シベルちゃんが幸せであれば聖女としてより強い力が発揮され、結果的に国も平和になる。
だからシベルちゃんとの結婚式を素晴らしいものにして、彼女に喜んでもらうのも俺の大切な仕事だ。
……シベルちゃんとの結婚、か。
彼女がたくましく鍛えられた騎士(筋肉)が好きだということはわかっているし、俺の筋肉も素敵だと言ってくれているから、アロマの効果を試すのに風呂に入る俺についてきてもらったが。
やはり彼女は、とても恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き、最終的にはのぼせて倒れてしまった。
〝筋肉が好き〟と言いながらも、シベルちゃんはとてもウブで、穢れのない純情な子だ。
俺はシベルちゃんと結婚し夫婦となる日をとても楽しみに、そわそわしているが……俺たちは婚約期間もまだ短いし、シベルちゃんに俺と夫婦になる覚悟ができているかは、正直わからない。
「……なにを考えているんだ?」
「ミルコ……俺は上手くやれるだろうか」
「なにをだ」
「シベルちゃんと結婚して、いい夫として役割を果たせるか……」
ミルコも結婚はしていないが、彼は俺より女性の扱いも上手いし慣れている。
特定の相手がいるわけではないようだが。
「ああ、そういうことか。そのことなら大丈夫だ、心配いらない」
「なぜ言い切れる」
「彼女はおまえのことを心から慕っている。だから心配せず、おまえの思うままいけ」
「……ミルコ」
ミルコは感情的な男ではないが、いつだって俺のことを考えてくれている。
彼は第一王子の側近でありながら、俺のかけがえのない友だ。
これまでも、俺が唯一心の内を明かすことができる存在だった。
そんな友人に背中を押されて勇気づけられ、少し自信がついた。
「そうだな、俺もシベルちゃんを想う気持ちは本物だ」
彼女の幸せを心から祈って行動すれば、きっと伝わる。
「だが結婚式当日の夜は、寝室に行く前にトレーニングを忘れるな」
「? なぜだ」
「負荷をかけて筋肉を膨張させておいたほうが、彼女が喜びそうだからだ」
「……?」
パンプアップか。
だがミルコはなにを言っているんだ?
なぜ寝る前にわざわざそんなことをする必要があるのだろう。
表情を変えずに言うものだから、一瞬なんの話をしているのか理解できなかったが、想像してはっとした。
「俺が心配しているのは、初夜のことではないぞ……!?」
「なんだ、そうなのか。必要ならば指南書を用意させようと思ったが」
「……っ、あのなぁ!!」
相変わらずなんでもないことのように、平気な顔でハーブティーを飲むミルコを前に、俺の身体はすっかり熱くなってしまった。
……まぁ、こんなことでは本当に心配していないと、あまり強く言えないかもしれないが。
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