116.誰にも負けない騎士になる
「あれはきっと、〝恋〟ですよね!」
レオさんとお店を出た私は、先ほどのヨティさんとララさんの雰囲気を思い返しながら呟いた。
これまでは色恋沙汰に縁遠かった私だったけど、レオさんと想いを通じ合わせた今ならわかる。
あれは、〝恋する女性〟の顔だった。
それに、ヨティさんだっていつもと様子が違ったし。
「……俺にもそう見えたな」
「そうですよね。でも、ヨティさんにあんな素敵な方がいたなんて……!」
ヨティさんは誰とでも気さくに話す、フレンドリーな方。
トーリにいた頃から、新人の私とも、寮母の先輩の誰とでも、仲良く話していた。
恋人がいるかどうかは知らなかったけれど、故郷にあのような人がいたなんて。
「しかし、そうなると身分差があるな」
「え?」
「彼女はおそらく平民だろう。ヨティは伯爵家の嫡男だ。たとえ互いに想い合っていたとしても、難しい恋だ」
「……そうですね」
そうか。
ララさんはヨティさんのことを親しげに呼んでいたけれど、それはきっと彼が誰にでも分け隔てなく接するからだわ。
幼馴染と言っていたから、子供の頃からの仲なのだろうし。
「……」
「大丈夫、ヨティはあれで結構しっかりしている。ちゃんと彼の考えがあると思うよ」
「はい……そうですね」
私が心配するのは、余計なお節介なのかもしれない。
でも、若くして聖女と言われた私には、なんとなくお二人の気持ちがわかる。
今ではこうして素敵なレオさんと婚約できたけど、元々私は好きではないマルクス様と婚約させられていたから。
それが聖女の宿命だと、諦めていたけれど……。
「せっかく二人きりになれたんだ、デートを楽しもう」
「……はい!」
そうよね。だからって、私が落ち込むことではないわ。
レオさんに差し出された手を握って、今はレオさんとのデートを楽しむことにした。
*
「――ヨティさん、大丈夫ですか?」
「うう~、シベルちゃん?」
「よかったら、こちらをお飲みください。聖女の加護を付与したハーブティーです」
「ありがとう」
その日、暗くなってから帰ってきたヨティさんは、これまでにないほどべろべろに酔っていた。
この時間まで一人で飲んでいたようだけど、あの後ララさんとなにかあったのかしら?
すぐに自分の部屋に行ってしまったヨティさんのことが心配になった私は、二日酔いに効くというハーブで淹れたお茶に聖女の加護を付与したものを持って、彼の部屋を訪れた。
これで気分がよくなるかはわからないけれど。
「……ごめんね、心配かけて」
ベッドに横になっていたヨティさんは、身体を起こしてハーブティーを飲み干すと、息を吐きながら呟いた。
「いいえ。それでは私はこれで――」
「俺とララのこと……気になってる?」
「えっ」
なっていないと言えば嘘だけど……。
「無理に話してくださらなくて大丈夫ですよ」
「昔、ララの母親がうちで働いてくれててさ。時々彼女もうちに来てたんだ」
「そうなのですね」
それでも話し始めたヨティさんに、私は話を聞くことにした。
誰かに聞いてほしいのかもしれない。
「おとなしくて控えめだけど、笑うと可愛くって、いい子でさぁ」
「はい」
「よく一緒に遊んだんだ。俺が騎士になるために登城するまでは」
「そうだったのですね」
「もう、五年になるのかぁ……。ララも十九だし、仕方ないけど……シベルちゃん、気づいた? 彼女の薬指に指輪が嵌められてるの」
「え……」
ははっと乾いた笑い声を上げてそう言ったヨティさんに、嫌な予感がする。
指輪をしているなんて、私は気づかなかったわ。
「だから聞いてみたんだ。そしたら、結婚したって。それも、つい二週間前にだよ? びっくりだよね」
「……」
ヨティさんは笑っているけど、本当はララさんのことが好きだったのではないかしら。
ララさんだって、きっとヨティさんのことが好きだったんだと思う。
最初に会ったときのあの気まずそうな空気は、そういうことだったのね。
「……ヨティさん、いいんですか?」
「いいも悪いも、どっちみち身分の差があるしね。最初からわかってたことだから」
「ですが、ヨティさんの気持ちは――」
「騎士になるために彼女を置いて王都に行ったのは俺だし、俺は彼女になんの言葉もあげられなかった。俺は騎士になる道を選んだってことだよ」
「……」
そう言って、腕を顔の前に置いてもう一度ベッドの上に仰向けで倒れたヨティさんの表情は見えなくなってしまった。
ヨティさんがララさんになにも言わずに王都に行ったのは、ヨティさんが誠実な方だからだわ。
もし、〝待っていて〟や〝好き〟と口にしていたら、その言葉がララさんを縛りつけていたはずだから。
身分の差があるから、ヨティさんはララさんを正妻にすることはできないのだろうし。
気持ちだけでも伝えなくて、本当にいいのか気になってしまったけれど、ヨティさんはララさんの幸せを願って、そうすることを選んだのよね。
ヨティさんが気持ちを伝えてしまっては、すべてが無駄になってしまう。
「あの、ヨティさん」
「本当にもう昔のことだから、大丈夫。でも俺、ちょっと飲み過ぎたみたいだから寝るね」
「……はい、ゆっくり休んでくださいね」
「うん」
最後に、そっと部屋を出る私の耳に、小さく「ありがとね、シベルちゃん」という言葉が聞こえた。
*
「おっはよう、シベルちゃん!」
「おはようございます、ヨティさん」
翌日には、もうすっかりいつも通りの元気なヨティさんだった。
お酒も残っていないようだわ。さすが、ヨティさんですね。
「気分はどうですか?」
「シベルちゃんのハーブティーのおかげですっかりいいよ! さすが、聖女様!」
「うふふ、よかったです」
「朝からうるさいくらい元気だな」
「なんだよ、リック」
「昨日は女に振られて、一人でやけ酒してきたんだろ? まだ足りないようなら俺が付き合ってやろうと思って」
「はぁ? 振られてねーし! っていうかおまえはただ飲みたいだけだろう!」
「まぁまぁ、お二人とも……!」
そんなヨティさんを見て、リックさんはからかうようなことを言ったけど。
きっとリックさんも、ヨティさんのことが心配だったんですよね。
「だいたい今は、女の子にうつつを抜かしている暇はないしな!」
喧嘩が始まってしまわないよう、お二人の間に入った私だけど、ヨティさんは清々しい表情で言った。
「もっと強くなって、俺は誰にも負けない騎士になるんだ!」
「まぁ」
拳をぎゅっと握り、力強くそう言ったヨティさんはとても頼もしく見える。
「……それに、今の俺には大切な聖女様もいるしね」
「だな」
「え?」
にっと笑って私に視線を向けるヨティさん。
それに、リックさんも頷いた。
「頼もしいな、二人とも」
「……はい、本当に」
私の隣でそう呟いたレオさんに答えながら、ヨティさんとリックさんを改めて見つめる。
元々お二人はとても頼りになる優秀な騎士様だと知っているけれど、なんだかこれまで以上に頼もしく見える。
やっぱり私の護衛騎士様は、これからもお二人にお願いしたい。
改めて、強くそう思った。
いつもお読みくださりありがとうございます!
私はコミカライズのヨティさんを見て彼のことがもっと好きになりました( ˇωˇ )
PASH!UP様にて先行配信、pixivコミック様やニコニコ漫画様でも配信中です!
あと近々お知らせがあると思いますのでそちらもぜひ楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!!!( ;ᵕ;)





