11.触りたかったわけではないのです!
騎士団の寮で働くようになって、二週間が過ぎたある日の夜――
もう皆寝てしまった時間だけど、喉が渇いた私はそっと部屋を抜け出して、お水を飲もうと食堂へ向かった。
「――レオさん」
「シベルちゃん?」
食堂の明かりがついていて、誰がいるのだろうと覗き込んでみれば、テーブルの前に座っていたのは黒い髪が特徴的な、レオさん。
「どうしたんだい? こんな時間に」
「喉が渇いてしまったので、お水を飲みに」
「そうか、じゃあちょうどいいから、これを」
ちょうど彼の前に置いてあった水差しから、グラスに水を注いでくれるレオさん。
ウイスキーのボトルとグラスも置いてあるから、一人でお酒を飲んでいたのね。
「どうぞ」
「ありがとうございます……!」
そう言って、グラスに注いだ水を置くと、レオさんは隣の椅子を引いた。
ここに座ってもいいということだろうか……?
「失礼します」
「うん」
いいということのようだ。
普段の、騎士服を着た〝騎士団長〟のレオさんも素敵だけど、部屋着姿のレオさんも無防備で、なんとも言えない魅力がある。
服が薄いから、いつもより骨格がよくわかる。
騎士って、本当にたくましいのね。
胸元が少し開いていて、鎖骨が見えるわ。
……私には少し、刺激が強いです。レオさん。
でもこんなラッキーがあるなんて、喉が渇いてよかった……!
「ここでの暮らしには慣れてきたかい?」
「はい!」
お水をいただいて、ちらちらとレオさんに視線を向けて幸せな気持ちになっていた私に、レオさんは優しく声をかけてくれた。
「何か困っていることはないか?」
「皆さんとてもよくしてくれますし、楽しく働かせてもらってます」
「……そうか」
私の返答に小さく微笑んで、じっと優しげな眼差しを向けてくるレオさん。
……?
どうしたんだろう。酔っているのかしら。
「レオさんもお水を飲みますか?」
「いや……俺はいいよ。それより、ウイスキーに蜂蜜でも入れて飲もうかな。甘みを足したい気分だ」
「今お持ちしますね」
そう言ったレオさんの言葉に、速やかに立ち上がり、棚に置いてある蜂蜜の瓶を持って再びレオさんの隣へ戻る。
「……んっ」
あれれ……?
けれど、蜂蜜を入れて差し上げようと瓶の蓋を回そうとするけど、くっついてしまっているのか、固くて開かない。
「く……っ、んんん」
「貸してごらん」
「あ……」
手こずっている私の手から、レオさんはクスッと笑ってひょいと瓶を取った。
そして大きな手を蓋に置いて、くっと力を入れた。
男らしく骨張った長い指に、血管の浮いた手の甲。
「開いたよ」
「ありがとうございます……!」
すごい……!
あんなに固かった蓋を、いとも簡単に開けてしまうなんて。
きっとマルクス殿下だったら、「手が痛くなる」とか言って従者の者に頼むでしょうね。
……いけないわね、王子と比べてしまうなんて。
気を取り直すために小さく咳払いをしてから瓶を受け取ろうとしたら、私の指先がレオさんの手に軽く触れた。
「あ……」
わざとではない。本当に。騎士様の手に触りたかったとか、そういう気持ちはないの、たまたま当たってしまっただけなの! 本当に!!
だって、国宝級の騎士様に勝手に触るなんてそんなこと、さすがの私でもしないわ。
「失礼しました」
「いや、こちらこそすまない」
けれど、ぱっと目が合ったレオさんは、なぜか頰をほんのりと赤くさせてはにかんだ。
……?
レオさんって、こういう表情もするのね。
それにしても、レオさんの瞳はとても綺麗な青色をしている。
その性格を表わすみたいに、澄んでいる。
髪の毛も、この国では珍しい黒色で、格好いい。
今すぐ絵にして描き留めたいくらいだけど、残念ながら私は絵が苦手。
本当に絵心がないのだ。
残念だわ。その代わり、しっかりこの目に焼き付けておきましょう。
今度は私がじっとレオさんを見つめていたら、彼の顔がますます赤くなった気がした。
「……なにか、俺の顔についているか?」
「あ……っ、いいえ、じろじろと失礼しました! えっと、スプーンスプーン……」
ウイスキーに蜂蜜を入れるのだった。
それを思いだしてスプーンを取り、蜂蜜をひとすくいして氷の入っていないレオさんのグラスに落とし、くるくるとかき混ぜた。
「シベルちゃん、ありがとう」
「いいえ」
蜂蜜が溶けるには、少し時間がかかった。
その時間は静かだったけど、心地よい、とてもいい時間だった。





