3.流れ星の奇跡
数日後、ルリア姫は王城まで出向いて、ライサス王子が帰ってくるのを今か今かと待っていました。
『敵国は撤退。王子一行は間もなく帰還予定』との一報があったからです。
これまで大国に攻められているという状況だったので、幾度か聞き直しても、まだ信じられません。
王子たちの一行は馬に乗って、ついに姿を現わしました。
高い塔の窓から、ルリア姫はそれを目にします。すぐにドレスのすそをつまんで階段を駆けおりると、外へ飛び出していきます。
やがて、援軍の列の一番最初へたどり着きました。
「ライサス様は。王子はどこに?」
はやる心をなだめながら、ルリア姫は聞きました。
「ルリア姫。ここにいるよ」
遠くからライサス王子の澄んだ声がしました。姫は長い金の髪をゆらしながら、走っていきます。
王子は立派な馬に乗ってこちらへ近づいていましたが、その場に馬を止めます。降りると、姫に向かって駆けだします。
二人はしっかりと手を取り合いました。
「ご無事でよかった……」
「会いたかった。約束どおり帰ってきたよ」
二人を見守る人々は、みんな涙を浮かべて喜んでいました。
「急に戦況が変わるとは、何があったのでしょうか」
お城へ一行が到着すると、姫は報告に上がった将軍に尋ねました。
「実は、王子様はもう少しで弓矢を持った敵に命を奪われるところでした」
それを聞いたルリア姫は、おそろしさに体が震えました。やっとのことで、声を発します。
「……一体何があったのですか」
「姫様、よくお聞きください。奇跡が起きたのですよ」
将軍がそこまで話したとき、ライサス王子が戸口に立ち、こちらへやってきました。
「ルリア姫、これを覚えているかい?」
王子はやさしい表情で、姫に木の切れ端を差しだします。
いびつながら剣の形。柄の部分には黒っぽい石がひとつ。
砂ぼこりをかぶっていましたが、それは間違いなく、幼いころ二人で作った剣でした。
思いがけないことに、魔法の剣と再会したのです。
ルリア姫は宝石のような瞳を見開いて、ライサス王子に問いかけました。
「ハーシェンで一緒に作った魔法の剣よね。どうしてここに……?」
「姫も覚えていたんだね」
王子はとても嬉しそうな顔をしました。
「実は、大国の軍とぶつかる場所がハーシェンの先になると知って、どうしても昔遊んだ場所を見ておきたいと思ったんだ。もしかすると、わたしは二度と戻れないかもしれないと思ったのでね。せめて子どものころの思い出を確かめたかったんだ」
王子の覚悟の気持ちを思って、姫は黙ったままうなずきました。
「それで、あの森の近くへ行って、木の枝に剣を置いたことを思い出したんだ。それらしい木を見つけたが、だいぶ高くなっていたし、枝も葉も茂っていて、地上から剣を探しだすことはできなかった。なかばあきらめながらも、木をゆすったりしてみたんだよ。そこへ今夜のうちに軍事会議をしようと将軍が申し出てくれたので、この場所がちょうどいい、と思ったんだ」
サファイアブルーの瞳を姫にそそぎながら、王子は話を続けます。
「夜になってから重臣たちに木の周りに集まってもらった。その話し合いのさなかに、大国の弓兵が闇にまぎれてやってきて、わたしを矢で射ようとしたんだ」
「まあ」
姫はあまりのことに声を上げ、両手で口もとをおおいました。
「矢が放たれてそのままだったら、きっとわたしの心臓に突き刺さっただろう。ねらいは正確だったらしい。ところが、矢がこちらに向かった瞬間、木の上からこの剣がわたしの前に落下してきたんだよ」
手にしている木製の剣に、王子は視線を移します。
「矢は、剣の石の飾りに見事に当たって、わたしから逸れた。おかげで、命拾いをしたんだよ」
「そんなことが……?」
にわかには信じがたい話でした。
姫は王子の持った剣を見つめ、ほっそりとした指先でそっと触れます。石の部分はきずがありながらもつややかで、かすかな光沢がありました。
ルリア姫はつぶやくように話します。
「これまでずっとこの剣は木の上にあったのでしょう。それがまるで盾になるように落ちてきたなんて。それも、この石が守ってくれたとは」
姫は、二人で拾ったときのことを思い返しました。
「この石は、火球のかけらだったものね」
「そうだね。二人だけの秘密の石だったな。あのとき、星の落ちた場所を二人で見に行って、このかけらをはめ込んだからこそ、わたしは助かった。あの流れ星のおかげなんだ」
「流れ星……」
首を少しかしげて、姫は考えてみました。
「そういえば、流れ星のたくさん降った夜に、あの日のことをわたしも思い出して、何度も祈ったのよ。魔法の剣はどこにもないかもしれないけれど、どうか王子を守ってくださいと」
「そうなのか。わたしが弓でねらわれたとき、流星群を見たという者があるんだ」
二人で確認してみて、王子は驚きました。
「姫が祈っていたのと全く同じ日の同じ時刻だったに違いない。不思議なことがあるものだな」
一度考え込んで、王子は愛しそうに姫を見つめます。
「ちょうど星の流れるとき、昔流れた星のかけらがわたしの命を救ってくれたんだ。昔も今もどちらでも、姫はわたしが守られるように祈ってくれたね」
「祈ったうちのひとつは、物語のなかのお姫様だけど」
小さくほほえんだルリア姫は、しみじみと話しました。
「それにしても、この木の剣は確かに魔法の剣だったのね」
「本当にそうだな」
流れ星に乗って、魔法の剣を天から授かったようにも思えます。
幼い二人が演じた、あの物語のように。
ライサス王子は言います。
「星はいくたびも巡るという。もしかすると、十数年前の流れ星とあの流れ星は同じ仲間なのだろうか。あるいは、仲のよい恋人同士だったのかもしれないな」
その言葉に、姫はほころぶ花のように笑いました。王子も晴れやかな笑顔を返しました。
大国の兵は退き、二度と攻めてはきませんでした。
あのとき敵の弓矢隊は、王子を射ることに失敗して大混乱のうちに逃げ帰りました。そうして、あまりの不可思議な出来事に、しばらくはうまく口もきけなかったそうです。
そのうち「王子の前に黄金の盾が現われて矢を弾き飛ばした」とか「光の剣が矢を真っ二つに切った」などといったうわさが、まことしやかにささやかれるようになりました。
それで、大国といえどもおそれをなして、攻め入ることができなくなったのです。
もともと近隣の国々は、王子の国からたくさんの恩恵を受けていましたので、大国に協力的でなかったこともよい結果につながりました。
ライサス王子とルリア姫は、国民みんなに祝福されて結婚式を挙げました。
二人が作った剣には、本当に流れ星の守りの力があったのでしょうか。王子はそののちもずっと肌身離さず身につけていて、平穏無事に過ごすことができました。
やがてライサス王子は王位に就き、ルリア姫はその妃となったのです。
二人も二人の治める国も豊かで幸せになりました。
仲むつまじい国王と王妃は、時おり王城のバルコニーに出て、一緒に星空をながめるそうです。
今夜も二人の見上げる空に、美しい流れ星が訪れるかもしれません。




