2.星の流れるとき
それは、五歳くらいのことだったでしょうか。ルリア姫は王子と一緒に、何度かハーシェンにある森のそばへ遊びに行ったことがありました。
そこには短い草の生えた広場があり、二人は観劇のときのお話を再現して遊んでいました。
物語のなかで、勇敢な王子が王国を荒らす怪物を退治しに行くことになります。
そこで美しい姫が星に祈ります。星は天の神様の御使いとされています。姫の願いは通じ、ひとふりの剣を授かりました。
姫は王子のもとへその剣を持ってくるのです。
二人はそのお話のために、木の切れ端をひとつ拾って削り、小さな剣を作りました。
ルリア姫は手作りの剣をていねいに両手で持ち、ライサス王子に心を込めてささげます。
「この魔法の剣が王子を必ずや守ってくれることでしょう」
王子はかしこまり、ありがたく受け取ります。
「姫、心より感謝いたします。わたくしはこれでどんな敵にも勝利を収めるでしょう」
そこで二人は、楽しそうに笑いました。
「この場面、すごくいいよね」
「とっても素敵よね」
ルリア姫はますます熱を込めて、そのシーンの最後の言葉を演じます。
「星たちよ、どうか魔法の剣で王子を守りたまえ」
そう口にしたそのとき、突然空の一角が赤く燃え、火の球が尾を引いて近くの林のなかに流れ落ちたのです。
耳をつんざくような轟音が響き、大地に振動が走ります。青い空に、もくもくと雲が湧きたつのが見えました。
二人は互いの手をにぎりしめて、その場にしゃがみ込むことしかできませんでした。
「ライサス王子。ルリア姫。ご無事ですか!」
いつもは冷静な従者たちが、血相を変えて二人を迎えに来ました。
演劇はそこで中断されてしまいました。
あとから、二人は森のはずれに火球が落下したことを聞かされました。真昼の明るい空でも見えるような大きな流れ星が落ちてきたとのこと。
しばらくは森に近づいてはいけないと諫められて、二人は別荘のなかで遊びました。それでも数日もすると、結局はお付きの者たちに見つからないように、こっそり森へ向かったのです。
草や土の匂いがして、セミの鳴き声がさわがしい樹林を、二人は手をつないで進んでいきます。
流星の跡をさがしながら。
それは二人にとっては、幼い日の大冒険でした。
しばらく行くと、周りの木や草が焼け焦げている場所がありました。確かに空から何かが落ちてきたのでしょう。
二人は辺りを見まわし、黒っぽい小石が落ちているのを見つけました。王子が拾い上げます。
王子の手のひらに収まった石は、夏の終わりの陽光を反射して、淡く光っていました。
「不思議な石ね」
「流れ星の落とし物みたいだね」
どうやら隕石のようです。
石を持ったまま、二人はいつも遊んでいる開けた場所へ戻りました。そこには、先日魔法の剣にした木片がまだ残っていました。
「この小石をはめ込んだら、本物の魔法の剣みたいに見えるかしら」
「いいね。やってみよう」
ライサス王子は手作りの剣をナイフで整え、姫はそれを手伝いました。くぼみに石を入れてみると、ぴったりはまります。
二人は子どもらしくはしゃいで、喜びました。
数日ののち、二人とその一行は避暑地から戻ることになりました。そこで小さな王子と姫は、その剣を大きな木の枝のなかに隠しておきました。
そうして王都へ帰ったのです。
翌年からは二人とも貴族としての勉学に追われるようになり、それきりハーシェンのその場所には行っていませんでした。
今、流れ星を目にしたことで、ルリア姫は懐かしい記憶を呼び覚ましたのです。
姫は、ライサス王子の姿を思い浮かべて、星たちへ語りかけます。
「物語に出てくるような魔法の剣は、どこにもないのかもしれません。それでも、わたしはここで願うのです」
ありったけの気持ちを込めて、姫は祈ります。
「今こそ、王子をお守りください」
そのとき、ひとすじの光を引いて星が流れていきました。
あの日、青空のもとで見た火の球にはたいして及びませんが、明るく輝く流れ星でした。さらに続いて、いくつもの小さな流れ星がこぼれ落ちていきます。
流星群が通りすぎるときだったのです。それは、大地を潤す慈しみの雨のような金色の輝きでした。
ルリア姫は何度もくり返し心から祈りました。
流れる星の光が空のかなたへ消え去ると、突然姫の胸に安堵の思いが広がりました。あれほどさざ波を立てていた心が、まるで風景を映しだす鏡となった泉のようです。
「もしかしたら、流れ星に願いが届いたのかもしれないわ」
姫はそう思いました。
そのころライサス王子は、数人の重臣たちと一緒にいました。
明日の朝にも大国の軍勢とぶつかることになりそうだったのです。王子は休んでいる兵たちに気をつかい、森のそばの草原で話し合いをしていました。
実はそこへ、敵軍からひそかに少数の弓矢を持った兵が近づいていたのです。
兵の頭領が森の木々のなかから目を凝らします。
「あれがライサス王子だ。あいつを射れば、勝ったも同然だ」
弓矢を手にした一人の男が進み出ました。
「この距離なら、おれはできるぞ。任せろ」
その男は、大国一といわれるほど弓の腕が立つ者。誰も異存はありません。
一方の王子たちは、全くこのことに気づいていませんでした。月のない夜の森では、かがり火をたいている周りの他は、ほぼ暗闇のなかだったのです。
男が弓をかまえ、矢をつがえます。
ひとつの星が流れました。
王子は何も知らず、そのまま真剣に話し続けています。
引きしぼった弓から矢が放たれようとしたそのとき、たくさんの流れ星が地上へ降りそそぎました。
遠くで姫は祈り続けていました。
『今こそ、王子をお守りください』と。